64.グラムイーターの情報 ④

 オリヴィアはもう、他の心苗コディセミットの相談に耳を傾けている。

 その間に、リュークがトオルに訊ねた。


「さっき、彼に何か言われませんでしたか?」


「二人きりで話したいって」


「行かないで良いと思いますよ。彼はきっと何か企んでいます」


「ぼくもそう思うけど、行かないのも怖いから、一応、彼の話を聞いてみるよ」


 セレスティアもトオルを気にかけていた。


「あんな交渉、しなくても良かったのに。損するのはあなたよ?」


「私もセレスティアさんが正しいと思います。Mr.イシイの言葉を信じてはいけません」


「ありがとう。ぼくも別に彼を信用してるわけじゃない。それに、500EPを払いたくなかったんじゃなくて、彼の売り場を借りて、ぼくのアイテムの宣伝をしてくれるなら悪くないと思ったんだ」


 知恵の輪自体には何の関心もない。だが、知恵の輪をもらうことで、別の御利益を見いだせるなら悪い話ではないと、トオルは考えていた。


「ぼくがこれを解かない限り、彼はポイントの代わりであるアイテムを売るわけにはいかない。それなら彼は、ぼくのアイテムを店先に置いておくしかない」


 素直なだけだと思っていたトオルの聡明な一面を知り、セレスティアは興味深そうに笑った。


「よく考えたわね。でも、彼と二人きりになるのは気を付けなさい」


「何かしらの防犯対策をしていかないと、危険ですよ」


「分かってる。できる限りの安全を確保してから行くつもり」


 春斗はるとと懇意になるつもりはなくても、彼の言う秘密は気になる。トオルには、彼自身も知りたい自分の謎がたくさんあるからだ。もしもその一端にでも触れられるなら。そう思うと、この話をやり過ごすことはトオルにはできなかった。


オリヴィアと話していた心苗が席に戻った。オリヴィアは手際よく、教卓の画面で出欠を確認する。


「本日の出席人数は12人。予想より多いな。皆、通路に立ちなさい」


 オリヴィアが教卓の映像を操作すると、心苗たちが座っていたベンチや机が床に沈み込んでいくように収納された。教室はオリヴィアのいるステージと、1メートル幅の、階段状の通路だけになる。


心苗たちは広々とした通路で次の指示を待っていたが、「先生」と、ニーアが手を挙げる。


「昨日からナティアちゃんと連絡が取れません。もしかしたら……誰かに襲われたのかもしれません」


「Ms.ロレーラティスについては、現段階では貪食者事件との関連を証明できる証拠がない。だが、今後の捜査次第では、すぐにでも解決されるだろう」


 オリヴィアは、事件と無関係な心苗たちに余計な不安や恐怖を拡散させないよう、力強い言葉で言った。この教室にいるのは入学して間もない新入生ばかりだ。力のない雛鳥たちに不要な情報を知らせ、これ以上危険に晒すわけにはいかない。


「ですが先生……」


「Ms.ロレーラティスだけでなく。他の失踪した心苗も同様に、無事であることを信じてあげなさい。君たちの先輩の腕は信頼できる。きっと最小限の被害で事件に終止符を打つだろう」


 オリヴィアはナティアにそう言うと、教室全体を見回して、出席している心苗全員に呼びかけた。


「昨今、貪食者グラムイーターの事件が多発していることは事実だ。基礎スキルの習得段階である君たちが、心苗としてできることは、自分の身を守ることだ。被害を増やすことは、捜査の迷惑になる。深夜の外出を控える、一人の時は人けのない場所を避けるなど、慎重に行動するようにしなさい」


「それって、私たちはただの足手まといってこと……?」


 親友を助けたい。だが、現実には捜査の足手まといにしかならない自分の無力さを知り、ニーアは悔しくなって唇を噛んだ。


「さて、本日の授業を始める。今日の課題は源気グラムグラカによる攻守の基本だ。実技もあるため、Ms.サキュバスラとMr.スガハラをアシスタントとして出席させた」


――源気の攻守の基礎か。一定量の源気を集めて盾を作るとか、源気によるシンプルな攻撃の習得か?


「まずはペアを組みなさい。お互い、三歩分空けて立つ。練習のルールだが、一人は攻撃、一人は守備となる。10分をワンクールとし、攻守交代だ。先日教えた『気合コルモス』を使って、防御と攻撃、それぞれを考えること」


 見本となる二人は、セレスティアが守備、エリックが攻撃になった。


「まずは防御。守備の構えをした後、自分の前方に盾を作るようなイメージをする。自分を守れる大きさであれば、形や自分との距離は自由に想像しなさい」


 セレスティアはオリヴィアの説明に従って、守備の構えを取った。それから盾を作り始める。ルビーのように赤い源気で作った円形の盾が宙に浮かんだ。


「次に攻撃。こちらはシンプルに手足にグラムを集めてもいいし、何かしらの武器の形をイメージするのもいいだろう」


「さて、どんな攻撃を見せてくれるのかしら?」


 エリックは両拳を握り重ねると、深茶色の太刀が伸び出した。


「いいか?脆い盾ならば、斬る」


 セレスティアは余裕そうに微笑んだ。


「いつでも来なさい」


 二人の準備が整った瞬間、エリックが凄まじい一筋を閃かせた。

 セレスティアは宙に浮かばせた盾を片手で操り、エリックの攻撃を受け止める。そして盾を手で支え、さらに源気を注ぎこみ、エリックの攻撃を押し返していった。


 二人は熟練のモーションで何度も攻防を繰り返す。どちらも負けず、凜と戦っている様子はあまりに滑らかで、トオルをはじめ、戦闘に長けていない心苗たちは感嘆の声を上げた。


「よし、そこまでだ。では君たちの番だ。最初からスピードは求めない。確実に攻撃すること、守ることを意識して。動きに慣れてきたら、少しずつスピードを上げてみなさい。この技は本来、緊急時対応のために使う。本番では源気を多量に使う必要があるが、今は練習だ。攻撃役の心苗は手加減するように。では、準備ができたペアから始めなさい」


 リュークはトオルと仲良くしていたが、この時は別の女子とペアになった。フランスの貴族出身の彼は物腰が柔らかく、ルックスも良い。すぐにクラスの女子たちの中で評判になっていた。アトランス界の女性には積極的な人も多いのだ。


「トオル、私は今日は、エミリー・ブルディガラさんと組みますね」


 トオルより三歳年上のその女子心苗は、ピンクの髪をおさげにしており、実際よりも若く見える。


「分かった、相変わらずの人気者だな」


「すみません、随分前に声をかけられていまして……」


「リューク様、あちらへ行きましょう、広いですよ?」


「ウィ。ではトオル、また後で話しましょう」


「ああ、お互い頑張ろう」


リュークはいつもそう言ったが、実際に授業が終わると彼は多くの女子に囲まれ、トオルの元へ行く余裕はない。トオルも待ちきれず、先に教室を出るのが常だった。特に約束もなければ、次に二人が話せるのは別の授業で会う時になる。


 リュークの取り巻きの女子たちは、争いにならないよう、くじ引きでペアを決めているらしい。そんな女子たちともリュークは上手く付き合っているため、パートナーには事欠かないが、その一方で一人きりになる時間がないことが彼の悩みだ。


 エミリーはリュークの腕を両手で掴む。二人は広く場所の取れるところまで去っていった。


 まだペアを組めていないトオルの頭に、リーゼロティの声が響く。


(トオル様、良ければ私とペアを組みませんか?)


 リーゼロティは体調不良で授業を休むことが多いため、7組にあまり仲の良い友人がいないようだった。


 トオルはリーゼロティの方を見る。内気な彼女は、透き通るように白い顔をうっすらと赤くした。


(ぼくで良ければ、喜んで)


 互いに会釈し、二人は歩み寄った。


「リーゼロティさんは、どっちからやりたい?」


「では、守備を……」


「わかった、ぼくが攻撃になる」


――本当に大丈夫か?リーゼロティさんは体が弱い。とりあえず手加減はするが、ついてこられるのか……?


 リーゼロティが首を傾げると、長いケモ耳がわずかに揺れる。彼女はトオルの心声を聞き取ったらしく、優しい笑みを浮かべた。


(トオル様、意外とお優しいのね。でも、私は大丈夫です。源気を集めるのは得意なの。トオル様のペースに合わせます)


 念話したつもりはなかったのに、思いが伝わっていることにトオルは驚いた。


「了解、じゃあ、やろう」


 三歩分の距離を取り、トオルは早速、灰色の玉を作る。


 リーゼロティは両腕を胸元で交し、源気を集めていく。すぐに凸レンズ形の盾ができた。陽炎色の盾は、水晶レンズのように輝いている。


「リーゼロティさん、上手く『気合』を使うんだな」


「元々こんなスキルしかできないから……。でも、これまでにもこのスキルで不審者を追い払ったことがあります」


 初耳の情報に、トオルはまた少し驚かされる。


――へえ?体が弱いっていうのは、勝手な決めつけか?いや……何か妙だな。


「トオル様、準備ができました。いつでもいらしてください」


「よし……!」


 トオルはリーゼロティと攻守を交代しながら、トキメキに満ちた授業を受けた。

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