28.唯一の家族 ①
ティアルイトを離れたトオルは、すぐに学園の庶務部を訪れた。特に予定のない
円柱型の建物に入ると、四階まである天井は吹き抜けになっている。広々とした空間の中央に、七角形の受付カウンターがあった。事務所の中には水の流れる柱が光っており、そこに18の印と一つの太陽、そして二つの月の位置を示す、時計のようなものがかかっている。
待合所には300席のベンチソファーと六角形の登記台が綺麗な紋様を描くように並べられている。高級リゾートホテルのロビーのように清らかな空間に、トオルは思わず周囲をキョロキョロと眺めた。
「ここが、学園の庶務部なのか?」
「公共の機関はどこもこんな広さみたいよ」
「えっと、ぼくはまず、何をすればいいんだ?」
「まずは寮の要望書の記入からだね。物件のリサーチもできるよ」
登記台の上にはデスクトップが置かれており、6つのセンサーがライトアップされている。トオルが台の前に立ち、センサーに手を置くと、瞬時に彼の情報が呼び出された。操作画面が立体映像として立ち上がり、透明に光る箱のようになっている。登記フォームにはすでに、トオルの名が記されていた。
物件をリサーチしてみると、寮の紹介から始まり、寝室や共用施設など、細かいところまで立体模型で確認することができた。
いくつかを物色し、トオルは要望書を記入していく。
整理券を発行し、数分後に呼び出された。トオルが受付カウンターの方へ向かうと、受付の女性が眩しい笑顔で対応に当たった。
「Mr.サモン、あなたの寮は仮決定しています。ティエラルス516室となっております」
要望書の内容を無視した仮決定に、トオルは動揺した。
「えっ……?それは、いつ決まったんですか?ぼくはたった今、要望書を提出したんですが」
「セントフェラストに通うあなたのご兄妹が、事前に要望を出しております」
トオルは耳を疑った。
「あの、ぼくには兄妹はいません。何かの間違いですよ。それ、誰なんですか?」
「申し訳ありませんが、その方の通信はすべて保護されており、学内にあるすべての情報が、第三者への提示を禁じられております」
「……ちょっとよく分からないんですけど、ぼくに兄妹がいるっていうのは、アトランス界式の冗談かなにかですか?」
「冗談ではありません、事実を申し上げております。ご兄妹の方は、とにかく直接会いたいと仰っております。そして、もし直接話をした後に、Mr.サモンが寮を移りたいということであれば、私が改めて別の物件をご案内いたします」
「……どうしても、会わなければいけないんですか?」
「いえ。血縁関係のある
「……分かりました。ありがとうございます」
受付の女性は「彼女」と言った。つまり、トオルには姉か妹がいるのだ。
カウンターを離れたトオルは衝撃のあまり、しばらく反応できないまま、そこに突っ立っていた。
「トオルくん、大丈夫?寮は決まった?」
と、依織が声をかけてきても、トオルは頭がぼんやりとしたままで返事をする。
「いや、それが……もうすでに、仮決定してた……」
「そうなんだ。私、寮に戻る前に商店街で買い物しようと思うんだけど、トオルくんは今からどうする?」
依織が誘うと、トオルは首を横に振った。
「ぼくは直接、寮に行く」
無表情なトオルの目が揺れて、伏せられる。何かあったらしいと察した依織は、トオルを買い物に誘うのは諦めた。
「分かった。一緒に浮遊船の駅まで行こうか」
「うん」
トオルの反応は依然として鈍い。
庶務部を後にした二人は、大通りを南へと歩く。空を見上げても飛空艇は飛んでいないが、時折、飛行スキルを持つ人が空を飛んでいくのは見えた。
散策するようなゆったりとしたペースで、二人は6つの広場を通り過ぎる。
トオルは思慮深い表情で、無言を貫いていた。
依織はあまりの沈黙と冷ややかな空気に耐えきれず、思い切って声をかける。
「ねえ、トオルくん。何かあった?さっきからずっと黙ってるけど」
トオルは依織の方を見もせずに、呟くように答える。
「ぼくに、兄妹がいるらしい。しかも、この学園に通っていて、勝手に同居するよう申し込んでいる」
「えっ!?兄妹?」
依織の驚く声に、トオルが顔を上げた。その動揺した表情に、依織はさらに驚いた。
「向こうは、ぼくと一度話がしたいって」
「なるほどね、それですぐに寮に行くのね」
「でも、ぼく、兄妹がいるなんて、そんなの聞いたこともない。相手は会いたがっているようだけど、ぼくは……」
戸惑いを隠せず、トオルは顔を背ける。じっと地面を見ているトオルに、依織は優しく声をかけた。
「トオルくん、会ってみた方が良いよ。だって、血のつながりのある、離ればなれの兄妹なんでしょう?」
「でも、何を言うべきなのかよく分からない……。生まれてから一度も会ったことがない人なのに、今さらになって急に兄妹だって言われて話し合おうなんて……。一体、どんな目的があるんだろう……」
「それは分からないけど、もし私がトオルくんなら、ぜひ会いたいって思うよ?」
「だけど、相手が異世界の、危険な人物だったらどうする?」
一人っ子の依織は、幼い頃からよく、兄妹がほしいという願望を抱いてきた。だが、トオルにはトオルの事情がある。これまで受けてきた冷遇を思えば、不安に思う気持ちも分からないではない。依織はトオルの背を支えるように、温かい言葉をかけた。
「それは会ってみないと分からないでしょ。トオルくんと同じで、ずっと一人で生きてきたのかもしれないよ。兄妹であるトオルくんと会いたくないなら、同居しようなんて、そんなメッセージわざわざ送らないんじゃない?」
「そうかな」
依織と話すうち、徐々に動揺が解けてきたトオルは、肩をそびやかす。
浮遊船が飛ぶ大通りまで来ると、屋根まで大理石でできた駅舎が見えてきた。駅のホームには、男女の石像が建つ。二人はその出入り口で止まった。
「その人、トオルくんのことがすごく気になっていて会いたいのに、会ってもらえないなら、可哀想だよ?一度会えば、きっと話したいことは見つかるはず」
依織に後押しされて、トオルは頷いた。
「分かった。とにかく会ってみる」
依織は手を後ろで組むと、一歩だけ後ろに下がった。
「うん。それじゃ、ここで」
「ん?」
「私は商店街に向かうね」
「ああ、そうか、買い物か」
「うん。トオルくん、楽しい出会いになると良いね」
「ありがとう」
「じゃあ、また明日ね。私の寮はヘスティア8236号室だから。何かあったらメッセージを送ってね」
「ああ、わかった」
依織が歩いていくのを、トオルはしばらく見送った。その背中が街角で消えてから、トオルは駅のホームへと歩みを進める。
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