27.入学式の日 ④

 ようやく入ったスタジアムの中には、十数列の階段状に、円形を描いて座席が並んでいた。階段を降りていっても、まだステージは見えない。中央は何もない、空っぽの空間に見える。


 依織いおりとトオルが適当な席を見つけて座ると、400メートルも向こうの、反対側の席に座っている人が見えた。さらに下を見ると、階段の真ん中辺りの階には、東西南北にそれぞれ出入り口があるのが確認できた。全体を見渡していると、座席ではなく、洋風のアーチ窓のような、金属の扉になっているところもあった。扉は、今は閉まっている。


「凄いな」


「これ……何万人いるんだろう?」


「これが全部新入生なんて……」


 全席8万のこのスタジアムの、ほとんどの席がすでに埋まっていた。人混みには、穣治じょうじや美鈴、大輝だいき昌彦まさひこの姿も含まれている。そしてトオルは気付いた。ここにいるのは地球アース人と似た人間だけではないということ。獣人のような特徴のある者もいれば、トオルと同じように、長く鋭い耳を持つ種族もいた。着席してじっくりと人々を見ていると、全体の三分の一ほどは、違う種族の特徴があるのではないかと推測できた。


「人間以外のハーフもたくさんいるんだ」


 セントフェラストでは、自分のようなハーフも特別な存在ではないのかもしれないと、トオルは少しだけ心が軽くなった。


「色んな人と仲良くなれたら嬉しいね」


 髪の色、肌の色の違いだけでなく、耳が獣のようだったり、尻尾を振っていたり、背中に翼を持っていたり、頭に角が生えていたり、座っているのに立っている人よりも大きかったり、体に鱗が生えていたり……。賑やかな個性の集まる学校とは聞いていたが、自分の理解がどこまで追いつくか、ワクワクするような、ゾクゾクするような、依織は自分の感情が渦巻いているのを感じていた。


「地球界の知識では追いつかないね。この先もう、何が起きても……。何でもありなんだよね」


 トオルが依織に返事をしようとした時、会場の光が弱まり、騒がしかった場内が静かになった。


「セントフェラストアカデミー、第489期、新苗ノヴァセミット、入学式を開催します」


 司会の声が響き、ライトが中央に集まる。何もなかったその場所の中空に、ステージが生成されていく。ステージ上にはいくつもの座席が現れ、入り口からステージへと繋がる道も現れた。


「まずは、新苗指導教諭の入場です」


 音楽が響きだした。道にスポットライトが集まり、まるで授賞式のレッドカーペットを歩く名優のように、教諭陣が輝いて見える。

 しばらくして全員が入場を終え席に着くと、司会が声を響かせた。


「それでは次に、四つの学院について紹介します。一番目は、学園創立よりも前からキャンパスがあり、最も歴史の長い魔導士マギアたちの揺りかご、アイラメディス学院。森に囲まれたこのキャンパスでは、火、水、土、風といった自然元素と馴染みやすく、『章紋術ルーンクレスタ』の探求に最適です」


 司会の声に合わせ、学院の風景や授業の様子が宙に投影されている。


「二番目は、操士ルーラーたちが個性や感性、想像力を発揮し、可能性を磨ける自由の園、フミンモントル学院。カレッジはどれも、巨大な天然の岩や樹木で作られており、未来を創造する星たちが集まっています」


「三番目は、心技体を鍛えるため、日夜稽古と実戦を繰り返し、一人前の闘士ウォーリアを目指せるハイニオス学院。キャンパス内には多数のステージがあり、熱気と汗が湧き、源気グラムグラカの輝きに満ち満ちています」


「最後は騎士レッダーフラッハたちが様々な物質を鮮やかに変貌させる粋な学院、ロッドカーナル。聖なる広場には騎士団連盟の旗が揺れています。今日の栄光は学院にあり、明日の栄光は君たちの手で創られる」


映像が流れ、それぞれのキャンパスのエンブレムが光る。簡易な学院紹介の後は、学長の式辞だ。

ステージに新たな空島が生まれ、あのアーチ窓の扉が開いた。キアーラ・アルホフを相手に見事な話術で格の違いを見せつけた学長、シトロ=ライトがそこに現れた。彼が一歩歩みを進めると、彼の足元に新しい浮き石が現れ、道を作る。役目を終えた石は霧散し、また新たな石ができる。ゆったりとした足取りで、学長は空島へと歩いていった。


 中空には、学長の上半身の映像が大きく映し出される。


「諸君は、それぞれの想いを抱き、我がセントフェラストへと入学してきた。学長として、諸君の入学を心からお喜び申し上げる。出身、種族、身分、個性、経験値、年齢、スキル、観念。何も問わぬ。全ての意思を受け入れよう。我が学舎は、全ての可能性を持つ心苗コディセミットである諸君が、各自の特性を活かすこと、また主張する自由を最大限に与える。すでに目的が明確に決まっている者も、これから探求する者もおろう。あるいは、途中で目的が変わる者もおるじゃろう。初心者、経験者、努力する者、天才も、皆同じ心苗じゃ。諸君が生まれてから今までの間に培った才能は、どれも等しく、可能性の種じゃ。そしてここは学の宝庫であり、知識やスキルといった財宝があちこちに潜んでおる。見えるものも、見えぬものも、諸君に見つけられる時を待っておる。知識を身につけ、スキルを研鑽し、それらをどう実践的なものに応用するか、どう開花させていくかは、諸君の思い次第じゃ。強い意志を持っていれば、諸君の目的を達成する道が、必ず見つけられるじゃろう……」


 シトロの声だけがスタジアムに反響していたはずだったが、トオルの頭には、突如たくさんの人の声が響きはじめた。


(私、どの学院に入れるかな?)


(俺は闘士一筋だな。早く強い奴と手合わせしてみたい)


(ここにいる奴ら全員ペシャンコにして、てっぺんの英雄の玉座を取ってやるぜ)


(これ何だろう?)


(学長、どうやってあそこへ歩いていったのかしら?興味深いスキルね)


 こんな声も聞こえる。


(このジジイ、スピーチクソ長ぇな)


(いつまで続くのかな。早くキャンパスを散策してみたいのに)


(こんな凄い人たちの中で、私エリートになれるかな?)


(腹減ったな、肉食いてぇな)


(あ、あの人、怖い……。お化けと一緒に学校に通うの?)


 そんなふうに、式辞に関係のないことを考えている者もいるようだ。さらには……。


(この学園に秘められた財宝、俺が取ってやる)


(こんなに食糧があるなんて、最高だわ)


 陰湿で邪悪な欲望の声までもが、トオルの耳に聞こえてきた。


 そのすべてが、トオルの耳の内側から、大声で呼びかけてくるように聞こえた。飛空船でデストロンドの戦闘員たちの声が聞こえた時よりも、さらに多くの声だ。


――これは一体何なんなんだ。


 トオルは慣れない感覚に混乱し、学長の話に集中できない。次に、新入生代表のスピーチが始まった。人間を惑わせる森の妖精のように美しい少女で、エールシメクス王国の第四王女なのだという。


「本日わたくしはセントフェラストの心苗となりました。そのことを心からお慶び申し上げます。色鮮やかな個性の人々と共にこの学び舎で通うことを思うと、ときめきが止まりません。わたくしは王女として生まれましたが、源気の使い方も、習得しているスキルも、様々なものが未熟です。皆さんとこれからセントフェラストへ通う毎日が、幸せな日々になりますよう、この特別な日にお祈りを申し上げます。これからは、学長先生をはじめ……」


可愛らしく、天真爛漫な新苗代表のスピーチだった。しかし、トオルは彼女の式辞も上手く聞き取ることができなかった。


 トオルは、開場まで行列に並んでいた時に、周囲の音が急に倍増して聞こえたことを思い出した。そして、あの時聞こえていた音の半分は、実際に口から出たものではないと気付いた。アトランス界へ来てから目覚めたこの能力がなんなのか、トオルは気になって仕方がなかった。


「トオルくん、どうしたの?嫌なことでもあった?」


「いや……ちょっと、人混みが苦手なだけだ……」


「そっか……」


 トオルは適当な嘘をついた。この、自分でもよく分からない感覚について、まだ言葉にすることができない。


 新苗代表の式辞の後に、担任教諭代表、在校心苗代表、OB代表と、挨拶が続いた。

 トオルは久しぶりにヘッドホンのノイズキャンセリング機能を使って、耳に入る音を減らそうと試みた。だが、実際に言葉として発された音は抑えられても、根本の症状は解決しない。頭の中に響く声はどんどん増え、千や万に及ぶ声が大音量で聞こえている。もう誰が何を言っているのかも分からなくなり、酷い頭痛がして、冷や汗が伝った。


 この症状は十数分の間、ずっと続き、始業式が終わり際になった時、急に聞こえなくなりはじめた。ヘッドホンの機能が正常に作動し、快適な状態まで回復していく。


(やっと消えた……。一体、ぼくの体に何が起きているんだ……)


 会場には熱烈な拍手が広がっている。トオルが謎の症状に悩まされている間にも時は過ぎ、心を躍動させるような音楽が流れはじめ、始業式は閉幕となった。

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