19.奪還 ④

9階のカフェレストランエリアでは、フェジが胴に赤ライトを点けてパトロールを行っていた。電気の消えたレストランは、昼間だというのに暗く、エリア内で明るいのは日差しの届く窓側の席のみだ。


その時、船の天井に丸いビームライトが差した。円形に切り取られた天井が崩れ落ち、反応したフェジが天を仰いだ。


一人が通れる程度の穴に強い日差しが差している。そこから、金髪の女性と青いベリーショートの男が降りてきた。

 女は金髪をツヤツヤの長いカールにしており、分けた前髪からは美しい富士額が覗いている。女が白い布のような光を振り払うと、数台のフェジが一瞬で胴と脚を切断された。


今度は男が腕の装備に源を集め、素早く6台のフェジに照準を合わせていく。発射された光弾は分裂して、それぞれのターゲットを追った。わずかな時間差で、フェジは次々に爆発した。


よく見ると、金髪碧眼のその美女は、着物をリメイクした薄黄の生地に、青い紋様を縫い付けたボディースーツを着ている。彼女は光でできた布を腰の辺りでひらめかせながら舞い踊った。


男の方は真っ黒の体にフィットしたボディースーツを着ている。中肉中背という普通の体型の彼は、手足の武装パーツに源の光を走らせている。


「よし、着地ポイントクリア。降りて良いぞ」


二人が丸く空いた天井から離れると、さらに二人の男女が降りてきた。一人は水色のツインテールの少女で、ネイビーのボディースーツに、同じ色のマントを着て、手にはきゃしゃな術銃を構えている。もう一人の赤髪の男は、近未来的なウェットスーツのような服を着ていた。彼のそばにはイトマキエイのような生き物が宙を泳いでいる。その生き物の背には、左右二枚の鰭が生えており、後ろには太く、先の鋭い尾が伸びて、揺れていた。


十数歳に見える少女の顔には、まだあどけなさが残る。さっき起きたばかりみたいにやる気のない口調で、彼女は言った。


「敵は?いないならここで寝ていい?」


 金髪の女性は戦場慣れしているらしく、少女に応えた。


「リコちゃんしっかりして。源気の流れを読むと、反対側にまだ数台いそうかな?」


 赤髪の男はフェジの残骸を見て、余裕ありげに言った。


「無機系が操ってる使役体じゃなくて、回紋で動いてるだけの戦闘機元ですか。これなら手間が省けますね」

「動く前に、もう一度現状の確認をした方が良さそうだね」


青髪の男が、腕の装備を使って船の立体図を投影した。船内のどこに人間がいるか、すぐに分かる図だ。


「敵の中で最も注意すべきはこの七人かな?」


金髪の女は、テロリストのマークの中でも源気の反応が特に強い七人を指差した。差された順に、それぞれの人物の情報が映されていく。


七人のうち一人はキアーラ・アルホフだ。

その他にはブリッジの少年、レイフ・キンブルホック。

ネコの仮面を被った少女、リーズ。彼女には姓がなく、仮面の下の顔は青とグリーンの瞳を一つずつ持つ、可愛らしい少女だ。髪は緑色で、鋭く短い耳がある。


さらに、避難室を管理している四人の男女。ヤンキー男のドナートヴィチ・マハーリン。髪の長い男、ジン・オウキン。獣男のペシデュオ。そして女、デボラ・ジラール。


「避難室だけで四人も配置されてるんですか……」


 赤髪の男が避難室を拡大するように立体図に触れた。


「避難ルートを封じて、すでに実力のある新苗も逃がさないってことか」

「ま、その四人はあの方に任せておけば大丈夫かな?」


 金髪の女性がそう言うと、リコが気になっていたことを口にした。


「……あの方は何でこの仕事を受けているの?」

「さぁ、どうしてかな?それじゃ、私はブリッジに向かうね」


 金髪の女性の提案を受けた青髪の男は立体図の探索機能を消しながら言う。


「では、人質の救助は俺たち三人に任せてくれ」

「ブリッジの奪還は、ホーズンスさん一人で大丈夫ですか?」


 赤髪の男はその作戦が上手くいくか、疑問を持っているようだ。だが、青髪の男は気楽そうに応えた。


「ふ。「瞳の力セフィロトアイ」を使えば、一人で十分だろ」

「「瞳の力」?その話、詳しく聞きたいです」

「詮索しないで、任務中よ。まずは一刻も早くこの船を、連中の支配から解放しないとね」


彼らが話していると、同じ階層にいたフェジが向かってくるのが見えた。


「戦闘機元に気付かれたか」


青髪の男はそう言うと、手の武装パーツで射撃を始めた。それとほぼ同時に、赤髪の男の周りを泳いでいた生き物たちの口からエレキボールが吐き出される。一発の攻撃ごとに一機のフェジが撃ち倒されていった。


水色の髪の少女は、術銃を構えターゲットに照準を合わせる。術式の展開に合わせて緑色の光を帯びたかと思うと、圧縮された空気弾が射出された。その弾に当たったフェジは、一瞬にして数千本の鎌風に刻まれ、木っ端微塵となった。

 破壊されたフェジを見て、少女があくびをした。


「この任務をとっとと終わらせて、帰ったら五度寝したいな……」

「もっと本気で取りかかりましょうよ」


「話が通じない相手に、真面目に向き合いたくない」

「ここの戦闘機元より、船室のデッキにいる敵にもっと用心するべきだ」


 作戦がまとまったらしく、四人は頷きあう。


「そうだね。それじゃ、私はブリッジに行くね」


 青髪の男は笑顔になり、作戦の目標値を掲げた。


「ああ、こちらも10分で6階デッキの人質たちを解放する」

「分かった。ご武運を祈るよ」


 そう言い残すと、ヒトミ・ホーズンスは一人、船尾に向かって去っていった。



 その頃、避難室では10台の救難小船がゲートに向かって並べられ、いつでも緊急発進できるよう整えられていた。案内人を監視する四人組も、シトロとキアーラの交渉映像を見ている。


 一番に苦言したのは、ヤンキー男・ドナートヴィチだった。


「おいおい、大丈夫かよあいつ。あのクソジジイに振り回されてるじゃねぇか!」


 黒いドレス姿の女・デボラは相変わらず、涼しい笑みを浮かべていた。


「予想できていたでしょう?それにしても……まさか交渉の序盤ですでにこのザマとは思いませんでしたけど」


「彼は我々の弱点を知っている。論争では負ける……」


 長身長髪のジンが言うと、デボラが応えた。


「戦闘の実力だけで言えば、あなたは彼より少々上ですわ。但し、あなたのその無口な性格は、彼以上に交渉には向いていないわ」


「交渉に最も相応しいのにも関わらず、主の指名を断ったのは君だ。腰抜けには他人のミスを指摘する資格はない」


「あら、効率よくガードマンを抑えられるのは私だけでしょう?ましてや、あの子とは気が合わないもの。行動を共にすることはできないわ?」


「だから言ったろ、女は人間関係が作戦の障害になる。あ~、面倒くせぇ!」


「あなたは一番弱いくせに、よく口出しできるわね?」


 その時、一人だけ蚊帳の外になっている獣男のペシデュオのお腹が大きく鳴った。


「あぁ……腹減ったなぁ」と、彼は呟く。


「主の算段では、交渉はこのままでは終わらん。学長は時間稼ぎをしているに過ぎない。救援が来ればキアーラはすぐに戦闘モードに入る」


「それはそうだわ。彼はダイラウヌスの番犬が大嫌いだから」


「ふん、君たちの思い通りにはさせん。これから先、君たちを待ち受けるのはただの敗走劇だ」


 威勢の良い批判にデボラが振り向く。案内人が両手を手錠で拘束され、床に座ったまま彼女たちをじっと見つめている。


「無力な者ほど声が大きいわね。あなたもしかして、まだ自分の立場が分からないのかしら?」


「君たちは大きなミスを犯しておる。この行動は失敗するだろう」


「は?ミスって何だよ?」と、ドナートヴィチは苛立ちを隠さずに言った。


「一番大きな過ちは、新苗に手を出したことだ。大半は素人だが、中には経験者もいる。君たちが本気を出しても、数の利で、彼らを抑えこむことはできんだろう」


 案内人は囚われの身であることなど全く気にしていないかのように、声を上げて笑った。


「ふふ、笑わせてくれるじゃない。たしかに源の経験がある者はいるでしょうけど、連中はアトランス界のことなど一つも分からないわ。そんな赤子同然の者が私たちに刃向かったって、待っているのは死だけよ?この船はもう私たちのものですもの」


「では君たちは、この船に案内人として俺が乗っていると知っていたか?」


 案内人の言葉で、ジンは初めて違和感に気付いた。


「……たしかに、案内人は女と聞いていた……」


「だから何だって言うのよ。源気を封じられたあなたには、私たちに抗う力などないでしょう?」


「手錠一つで俺を捕縛できたと思ったか?ずいぶんと舐められたもんだな」


 ペシデュオが言った。


「腹、減った。この男、食えないか?」


「ダメだ」


と、ドナートヴィチが銃口を案内人に向けた。虫の居所が悪いらしく、殺気立っている。


「このうぜぇオッサンは、俺が射殺してやる」


「良い心意気だ、やってみろ」


「チッ、クソうぜぇ!」


 ドナートヴィチが引き金を引いた。

 しかし、案内人は瞬時に姿勢を変えて弾を躱し、体幹と足の力だけを使って立ち上がった。


「この距離で躱した!?」


 すぐに加勢に入ったジンが、剣を鋭く斬り払う。案内人はその攻撃を回避すると同時に、ジンの振るった剣を活かして手錠を破壊させた。


 案内人がその場を跳び離れる。一拍遅れたペシデュオが、空気を爪で捌いた。


「どうした?私はここだ」


 デボラは術式を綴った。円形の章紋から、多数の亡霊が現れる。


「ふふ、亡霊の侵蝕は躱せないでしょう?」


「亡霊を召喚する章紋か。容易い術だ」


 案内人の体から、赤土色の光が放たれた。手を振ると、宙に紅く太い腕が現れ、腕の先には鋭い爪が生えだした。その大きな掌は、亡霊を握りつぶして無に帰した。


「私の亡霊が、一瞬で!?」


「よそ見すんなよ。オッサンは俺の獲物だぜぇ!」


 ドナートヴィチは6丁の拳銃を宙に浮かべ、一斉射撃した。太い腕は、案内人を守るように光弾を受け止める。


「こんな豆鉄砲、聖霊には効かん」


「聖霊だと?」


「この男、神霊系操士かしら?」


「退け」


 ジンは鋭く剣を振るった。

 案内人は指揮者のように人差し指を軽く振る。巨大な掌が、大きく鋭い爪を伸ばして開かれる。ジンが何度も斬り付けたが、その全ては掌に受け止められ、案内人にはかすり傷一つ付けられなかった。


「ふむ。君たちにはディアホロスの腕一本で十分のようだ」


 案内人は、わんぱくな子どもたちと遊んでいるかのように笑った。

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