18.奪還 ③
「セントフェラストのお偉方、聞け!俺はデストロンドの侯爵、キアーラ・アルホフだ。新苗を乗せたオールスクト号は、俺たちが支配した。新苗を無事に返してほしければ、最高責任者を呼び出し、等価交渉のテーブルに着いてもらおう」
キアーラの背後には、依織たち人質の姿があった。その中に、今にも泣きそうな顔の美鈴を見つけると、大輝はまた頭に血を上らせた。
「美鈴……!!あいつ……絶対許さねぇ!」
思わずその場で立ち上がった大輝を、穣治がたしなめる。
「待て、少年。今はダメだ。いいな、作戦通り、冷静に行こう」
「だけど!」
トオルはまた走りだそうとする大輝を留めるように、船室の出口に立ち塞がった。
「ぼくも金田さんの作戦が安全だと思う。まずは自分の安全の確保。動くのは、優勢にある時だ」
「ッ!そんな思い通りに行くかよ!ここでタイミングを待ってる間に、美鈴が殺されるかもしれないだろ?!」
今はその時ではないと言うように、穣治は首を横に振った。
「落ち着くんだ。現状、奴らはわざわざ人質に手を出す理由がない」
「何でそんなこと分かるんだよっ!?」
「まぁ待て少年、凄ぇのがお出ましだ」
キアーラとは別の立体映像が現れ、一人の長老が映し出された。口や頬から伸びた白髪が、長い頭髪と同化している。
「待たせたのう、アルホフくん。覚えとるかね?セントフェラスト学長、シトロ=ライトじゃ」
学園の大物の登場に、キアーラは興奮したような表情になって歯を見せて笑った。
「出たな、ジジイ。見ろ、お前の新苗はここだ。交渉に対応しろ、でなければ、今からこいつらを殺す」
「ホホ、君は熱いのう。そんな手を使わずとも、話を聞くつもりじゃよ。これは君とワシの問題じゃ。後輩たちは何の関係もないじゃろう」
「デタラメ言うな!追い出した心苗となんて、本気で話すつもりもねぇくせによぉ」
いきり立つような荒々しい態度のキアーラに対して、シトロは気を乱さずゆっくりと話す。
「まずは君の言いたいことを言ってみなさい。ワシが学園の最高責任者として君の話を聞く。話の内容次第では、君の要望を聞き入れられるかもしれんじゃろ」
「良いぜ、ジジイ。俺の要件は二つだ。一つ目は、アレン・ブローハイムの追放刑の撤回」
シトロは懐かしそうな表情になり、そっと髭を触りながら話を続けた。
「ほう、その名はしばらく聞いておらんかったのう。実に四年ぶりじゃ。して、二つ目は?」
「二つ目は、この船に乗っている我が兵士50名全員に、復学のチャンスを与えることだ」
「50名か、相当な数じゃのう」
言いながら、キアーラの顔に邪気のある笑みを増していく。
「ああ、今ここに50人の人質を集めた。人質一名の命と引き換えに、兵士一人の学籍を約束しろ。分かりやすいだろう?」
「うむ。では一つずつ検討しよう。まずは一つ目じゃ。君はアレン・ブローハイムと言ったが、彼は今どこにいる?ワシは彼の姿を見たいんじゃが?」
「悪いが、ブローハイム様は研究にご熱心だ。代わりに配下にある俺が交渉に来ている」
「それは困ったのう……。行方知れずのままでは、生きているかどうかも分からんからのう」
キアーラは急に大声になり、ねじ伏せるように言った。
「俺の言ってることが信用できねぇってか?」
「そういう話ではない。ただ、君の知っているアレン・ブローハイムと、かつて学園の教諭であった彼が同一人物であるという事実がないからのう」
キアーラは一瞬だけ目を逸らしたが、より強い視線をシトロに向けた。
「いや、ブローハイム様に疑いの余地はない!」
キアーラを見抜いたシトロが、仙人のように笑った。
「ホホ、ならば本人を出しなされ。他人の名や姿を借りる者は、この世界には数多おるじゃろう。それができないならば、彼の代わりに交渉役に立った君が、彼が本物であるという証明を何か見せてくれんか?」
「あの方にそんなものは必要ない!」
「ほう……それは、少々強引な要求じゃのう?」
「お前の身分、権威があれば、審判省の裁決の破棄くらい容易い話だろうが!」
シトロは鷹揚な態度でまた髭を触り、ゆっくりと視線を巡らせる。
「まあ良い。次は二つ目の条件じゃな。50人の兵士を復学させるのは簡単なことじゃ。ついては一人ひとりの名を教えてくれんかね」
「ジジイ!呑む気がねぇならそう言えばいいだろ?一分後には一人目の新苗を殺す!」
「焦るでないぞ。せっかくの交渉条件じゃろう?君はその人質を失うことで、自分の条件をも失うことになるんじゃよ?」
「んだと……今度は脅しか?ジジイ、交渉の主導権を誰が握ってるか、思い知らせてやるよ」
キアーラは湧き上がる怒りをそのままに、右手のグローブにブロンズ色の光を集めていった。数秒でグローブは金属に化け、1000度を超える高温がパーツから放出されている。人質の間に緊張が走った。
「これこれ、君が言ったことじゃろう?新苗一人の命と引き換えに、兵士一名の復学を認めると。君は自らの提案を撤回するつもりか?」
「ふざけんじゃねぇ。撤回なんてするわけねぇだろ!」
「君は知っているはずじゃ。心苗たちは、それぞれの思いを持ち、セントフェラストへ通っておる。そして君たちは、それぞれの判断と行動により、退学になった。そうじゃな?50名の兵士一人ひとりの声を、君一人が代弁することはできんのじゃよ。君の要求を呑むには、まずは兵士全員が、自ら名乗りをあげる必要がある」
シトロの言葉を聞いて、人質の看守に当たっている戦闘員たちがそわそわし始めた。戦闘員に動揺が走り、無駄な私語が出れば統制が乱れる。キアーラはそばにいた戦闘員に命じた。
「石頭ジジイめ。おい、ここにいる兵士全員の名前をリストアップしろ」
「了解」
猛獣のような男と、一念不動で平穏なままの老人との対話を、トオルたちも見ていた。
「この老人がセントフェラストの学長なのか?」
トオルが呟くと、穣治が応えた。
「そうらしいな……。話の内容はよく分からないが、この爺さん、言葉だけでテロリストのボスを振り回している。明らかに今、交渉の主導権は爺さんにある。奴は何かを疑い、虚勢を張っているようだな」
交渉の映像を見ながら、大輝は腕組みをして言った。
「このジジイ、信用できるのか?」
「それは分からんな。本気で交渉する気があるのかも分からんが、人質の安全を確保しつつ、救援が間に合うよう時間を稼いでいるだけかもしれん」
救援という言葉に昌彦は少し希望を見出したようだ。
「助けが向かってるのか?」
「アトランス界は地球界よりも科学技術が進歩していると聞く。文明が進んでいれば、秩序を保つための機関もきっとあるだろう」
「このまま大人しく話し合いが続けばいいが……。金田さん、例えば、他の新入生が手を出して、テロリストが混乱状態になったときが動き出すタイミングってことで良いのか?」
「ああ、テロリストの注意が分散した時ほど、俺たちの作戦の効率は上がる」
「俺たちにリスクはないのかよ?」
昌彦はまだ少し渋っているらしく、トオルが冷たい視線を向けた。
スリルには耐性のある穣治が、
「ま、足りないところは各自、勇気と運で補ってくれ!」と笑った。
交渉は続いていた。戦闘員の一人が、スーツに着装している装備を使って、構成員たちの名前をシトロの元へ送った。データはすぐに学長側へ届き、可視化されたデータは宙に浮かぶ巻物の形状で現れ、シュルシュルと広げられていく。
「これで十分だろ。そっちの機関で源紋を照合してくれ。良いな、ここに名のある兵士全員が、この交渉の目的を理解し、覚悟のうえで俺たちと共に戦っている」
「たしかに。リストは受け取った。一人ひとりの照合には少し時間がかかる。さて、結果が出るまで、君自身の思いを聞かせておくれ」
シトロはその巻物を助手に渡した。
シトロの言葉を聞き、キアーラは拳を強く握って叫んだ。
「俺の思い?ジジイ、ボケてんのか?俺は今、やりたいことをやってる。この交渉こそ、俺のやりたいことだ」
シトロはじっとキアーラを見た。
「ふむ……。じゃが、二つとも、君自身のほしいものではないじゃろう?」
「はぁ?俺自身のほしいものだと?」
キアーラの反応を見て、シトロはわずかに口端を浮かせた。
「兵士50名が復学したいことは分かった。でも君自身はその中には入っておらんじゃろう?」
「ハハ、残念だったな。俺はクソみたいな学園には二度と戻りたくないんでね」
「そうか……それを聞いて分かったが、君には自分の思いがないんじゃな。ただ交渉のために立たされた、操り人形みたいなもんじゃ」
キアーラは怒りと焦りを増幅させたように顔色を変えていく。
「違うね、俺は決して人形じゃねぇ。これは俺がやりたくてやってるんだ」
「しかしのう……。君のその目が、意志がもう死んでいることを告げておる。セントフェラストを離れたあの時、君はもっと、貪欲さや野心を切に求めていた。あの頃の君はどこへ行ってしまったんじゃ?」
「黙れジジイ、そんな昔のこと、今さら関係ねぇだろ」
「忘れてしまったのなら、ワシが思い出させてやろう。ロッドカーナル学院に通っていた頃、君は、そこそこに筋の良い心苗じゃった……」
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