2.異世界へ ①

 五日後、トオルは特急浮遊新幹線で東に向かった。浮遊新幹線は、高度400メートルを維持しながら、田んぼや家々の点在する小さな町の上空を走っている。


 Vネックのシャツに黒いパーカーを羽織り、パーカーとセットのズボンを穿いたトオルは、窓枠に頬杖を突いて、田舎町の夕景を眺めていた。

 途中、大坂駅に停まると、人々がどっと流れだし、また入ってくる。ドアの閉まる音が鳴り響いた時、大きな登山用のリュックサックを背負った男が駆け込み乗車した。


「は~、間に合って良かった。乗り遅れたら一時間待ちだもんな、ヤバかった~」


 大きな独り言を言いながら、男はほぼ満席状態の新幹線を歩き出す。自由席車両を遡りながら、空席を探しているようだ。そして、遠くまで見渡し、一つの席を見つけた。


「やぁ少年、隣、座って良い?」


 男は被っていた釣り帽子を軽く上げる。


 トオルは男の心脈のリズムを聴いた。日の当たる海辺に何度も寄せ来る、明るい波音のような脈だ。トオルは相手に悪意がないことを確認すると、その男の濃い髭をちらりと見ながら「どうぞ」と言った。


「ラッキー、助かったぜ」


 男はリュックサックを頭上の収納ラックに置くと、席に着いた。帽子を取って膝の上に置くと、ベリーショートに刈り込んだ茶髪が現れる。細い頬には、ほとんど髭まで繋がるもみあげが見えた。電車に間に合い緊張から解かれたのか、頬は緩み、うっすらと笑みが浮かんでいる。


 たまたま隣に座っただけの男に興味などないトオルは、また外を見ていたが、


「君、グラム使いだよな?」


 不意な質問に、トオルは目を丸くする。そして、自衛のように男を睨んだ。


「おいおい、そんな怖い目で見るなよ。俺も源使いだからさ。別に喧嘩するために話しかけたわけじゃない」


「どうして、それがわかる」


 トオルは威嚇する小動物のような目つきで言った。


「そのヘッドホン。音、出てないだろ?俺の帽子も一緒だぜ」


 全ての源使いは、公共交通機関を使う場合、腕輪型の制御ユニットを付けることが義務づけられており、それがないものは乗車を許されない。一方で、制御ユニットを付けていることは、自分が源使いだと公言しているようなものだ。差別的な目で見られたくない者の多くは、腕輪型のものではなく、何かしらの制御アイテムを着けている。要は、源気グラムグラカの数値を一定以下に抑え、源使いとしての用をなさない状態になれば良い。


「そう、ですか……」

 

トオルはそれで話を切り上げようとしたが、


「道中で同じ列車に乗り合わせるなんて縁だよな。セントフェラストまでよろしくな」


 男の言葉に、トオルはまた、目を大きく開いた。


「あなたも新入生……?」


「ああ。俺は金田かなた穣治じょうじ。元冒険家だ。君は?」


 男の心脈のリズムにはあまり変化がない。人間は、嘘をついたり、誰かを虐めたりする時にはノイズのようなパターンを響かせる。彼には悪意がないことを知りつつ、トオルは気さくすぎる男にまだ少し抵抗感を覚え、目を逸らした。


「左門トオルです……」

「左門くんか、うん、良い名だな。10代で入学できるなんて、君はラッキーだな」


 穣治の風貌を見ながら、トオルは少し考え、引っかかったことを口にする。


「金田さんの世代なら、ウィルター養成学校に入ってたんじゃないんですか?何故今さら、セントフェラストに」


「おっ、さすが鋭いな」と言いながら、穣治は胸をナイフで刺されたような真似をした。


「そうだ。俺は伊丹学園の卒業生だ。当時、学園でちょっと成績の良い生徒たちはよく、セントフェラストを受けることを勧められたもんだ」


「何故?地球アース界の学校では不足ってことですか?」


「向こうで積める経験は、こちらの比ではなく、どんな大枚をはたいても買えない宝だと言われた。だが、七年前の試験で落ちちまってな。二度目の試験に備えて源の修行を受け、しばらくは冒険家として、探検隊のガイドもやった。伊丹学園時代と比べれば、身体能力は上がったはずだ」


「それだけの経験を積んで、まだセントフェラストの学歴が必要なんですか?」


 地球界では、源を使える者を単に源使いというが、その中でも特に優秀であり、社会に貢献するために力を発揮できる能力があると認められた者のことを、意志者――ウィルターと呼ぶ。


 穣治が通っていたという伊丹学園のようなウィルター養成施設は、かつての地球界には数多あった。だが、源使いが優遇される世界では、一般人ガフの価値を下げることにもなる。源使いの優遇に反発する一般人によるテロがたびたび勃発するようになったことで、地球界における源使いの立場は傾いた。


 伊丹学園をはじめ、多くの施設が廃校となったのは、そんな民意を受け、新暦95年に源使いに対する有利法案が棄却された後のことだ。たった10年前の話だが、それからというもの、源使いの扱いは大きく変わった。

 ウィルターとして認められるのは、アトランス界にある聖光学園セントフェラストアカデミーを卒業したものに限る。それが現在の地球界の考えであり、ウィルターになることを志す多くの若者が、アトランス界へと旅立っていた。


「証明が欲しいんじゃない。俺は、見知らぬ世界を見てみたいんだ。未知のものを知るために、アトランス界に行きたい。セントフェラストの合格通知は、俺にとっては異世界への入場チケットなんだ」


「そうですか……ちょっと、すみません」

「おぉ、すまん」


 話は途中だったが、穣治は足を通路側に投げ出し、窓際に座っていたトオルが立った。収納ラックから荷物を下ろし、別の席に移ろうとしているようだ。


「何だ、俺の話はつまらないってのか?」

「いえ、次で降りるので。……奈良はあまり長く停まらないと思います」

「あっ、そういうことか」

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