50マイルの笑顔(カフェシーサイド15)
帆尊歩
第1話 幸せの形 3
「手代ー、手代。何をボーッとしてるんだ」遙さんは容赦ない。
「まーまー遙さん。眞吾君は、真希ちゃんがまだあの人のことを愛していることに、ショックを受けているんだから」香澄さんが嬉しそうに言う。
フォローになっていない。
香澄さんは、僕の不幸を仲間が増えたくらいに思っている。
「今日も真希ちゃん、海でしょう。うちはいいから、一緒に行ってくればいいのに」
「いや遙、それは無理でしょう。今真希ちゃんは、一人で海で泣いているよ」と沙絵さん。
「だったらなおさら。それに(男は女の最後の男になりたいと願い。女は男の最初の女になりたいと願う)って言うじゃない。手代が真希ちゃんの最後の男になれば良いだけじゃない」
「いや遙、それ逆だから」
「そうだっけ」全く好き勝手に言い合っている。
スマホが鳴った。
なんと真希から。
「仕事中携帯は・・・」と遙さんが言いかけたのを無視して出る。
「眞吾さん、助けて。今ラクダの所」
「えっ、どうしたの」
「私だけでは手に負えなくて。回り誰もいなくて」
「わかった、今行く」
「えっ、なに何」香澄さんが言う。遙さんと沙絵さんは、固まっている。
「ちょっと行ってきます」
塩浜海岸には、ラクダのブロンズ像がある。
ラクダの足下は少し高くなっていて、そこだけ砂が少ない。そこに白いワンピースをずぶ濡れにした女の子が横たわっているが、興奮状態だった。
何故助けたとか、死なせてとか騒いでいる。
「何、この人」と僕は真希に話しかけた。
「多分入水自殺」
「ええー」
「私が引き上げたけど、さっきからこの調子で」
「わかった」と言って、僕が対応する。
「警察呼びましょうか」
「えっ」女の子は警察という言葉に、少し冷静になった。
その頃になって、沙絵さんと香澄さんがやって来た。
一応女性なので、真希と沙絵さんが両脇を抱えて、「柊」に連れて行く。
香澄さんは、細くて役に立たないので、真希のボードは僕が持つ。
女の子はずぶ濡れなので、バルコニーの席に座らせて、その前に真希が座る。
ずぶ濡れのワンピースの女の子と、ビキニ姿の女の子が対峙する姿は異様だった。
「なんで助けたのよ」女の子は腕と足を組み、何だか偉そうに言う。
「溺れている人間、ほっとけないでしょう。助けてもらって何よその態度」
「あんたに何が分る」
「男に振られたから、当てつけに自殺して全員を不幸にしてやろうなんて、どんだけ人に迷惑掛けると思っているのよ。あたしなんか人に迷惑掛けまいと、こっちから男を振ったんだからね」
「知るか」
「全身ずぶ濡れで吠えるな」
「濡れているのは一緒でしょう。この薄ら寒いのにビキニ姿のいかがわしい女に言われたくないわ」
「だってサファーなんだから仕方がないでしょ」
「だったらスクミズでも着なさいよ。何よそのティーバック、男に媚び売っているとしか思えない」
「それもそうか」急に真希が素に戻る。
「負けるな真希ちゃん」僕の声が弱々しく響く。
「どこに男がいるのよ。媚びなんか」という真希の言葉で、僕は自分を指して、遙さん達に助けを求めた。すると沙絵さんが、大きく頷き、僕の肩をポンポン叩いた。
「ちょっと待って、迷惑掛けないように男を振ったってどういうこと?」
「いや、不倫だから。身を引いたって言うか。それが一番上手く収まると言うか」
「それであんたは、なんとも思わないの」
「えっ」
「バカじゃないの、人の幸せなんかどうだっていいのよ、自分の方を向かないのなら、壊してしまえば良い」
「それで本当に幸せになれるの?」
「ハイハイ、そこの二人」沙絵さんが手を叩きながら割って入った。
「びしょ濡れの小娘が、ピーチクパーチク話してもしょうがないから。下でシャワー浴びておいで。おねーさんが、温かいココアおごって上げるから。それからそこの彼女、全部脱ぎなさい。風邪引くよ。真希ちゃんは・・・。そのままで良いか。予備のウエットあるよね、貸してあげて。服はその辺につるして置けば乾くでしょう。今日は風があるし、遙、着替え用に裏貸してあげて」
「了解」真希と女の子は、沙絵さんの言葉にポカーンとしている。
「ほら。チャッチャと動く」
「はい」と女の子
「はい」と真希
白いワンピースがはためく下で、ウエットスーツ姿の女の子二人が並んで、ココアを飲んでいる。
「なんか死ぬなんて、馬鹿らしくなっちゃった」
「私もうじうじ悩んでいたのが馬鹿らしくなっちゃった」
「身を引いた事で悩んでいたんだ」
「そうだよ。帰ってくれって言ったら、俺を不幸にしたって言われた」
「知るかって感じだよね」
「ホント」
「ここ、良いとこだね」
「でしょう」
「なんかちょっと幸せになれそう」
「そういう幸せの形だね」
「なんか今上手いこと言ったなって思った?」
「思った」
僕の横でさっきまで喧嘩していた女の子二人が笑い合っていた。
「50マイルの笑顔だね」と僕が言うと、
「眞吾さん、なんか上手いこと言ったな、なんて思っています?」
「いえ、思っていません」
50マイルの笑顔(カフェシーサイド15) 帆尊歩 @hosonayumu
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