血糸(ちいと)さんのチートな日常 〜人外主人公が送るハチャメチャ物語〜
あまがみ てん
ep1 空港でのお仕事
西京 血糸(さいきょう ちいと)は特別だ。
彼女は政府から直接司令を受け、日々いろんな職場に派遣される。
彼女の能力はチートだ。
音速を超えて空を飛んだり、深海に生身で潜れたり、腕から火炎放射を出すのも容易いことだ。
血糸さんは今日も誰かのため、そして自分のために力を使うのだ。
今日の血糸さんは、空港で働くことになっていた。
血糸さんの朝は早い。
血糸さんが朝起きて初めにすることは、自分の頭をインターネットに接続して、データを更新することだ。
一晩の間に更新された、膨大な情報を、数秒で頭の中に記憶する。
次にやることは、体のメンテナンスだ。
血糸さんの体は鉄に似た物質でできているため、全身に錆止めを塗る。
20代の女子として、皮膚のお手入れを怠ってはならないのだ。
血糸さんは体のお手入れを終わらせ、朝食を食べる。
血糸さんの朝食は角砂糖1トンだ。
1トンの角砂糖なんか、家のどこに保管できるんだと思うかもしれない。
血糸さんの家の物置は血糸さんが空間を操作したことで、空間が歪んでいる。なので無限に物をしまっておくことができるのだ。
「いただきます」と血糸さんは手を合わせた。
血糸さんは角砂糖を食べるために、口を縦に1m、横に1m開いた。
そして、ゴゴゴゴゴゴ! という爆音とともに、物凄い吸引力で角砂糖1トンを吸い込んだ。その時間わずかに1秒だ。
この時、テーブルも丸呑みしてしまった。
けれども、こんなことは日常茶飯事だ。
また力を使って作り直せばいいと血糸さんは考える。
彼女はとにかくポジティブなのだ。
食事を終えた血糸さんは歯磨きをする。
自分の右腕を電動歯ブラシにした。
歯を丁寧に磨いていく。
丸呑みしたから、歯磨きはいらないのではと思うかもしれないが、彼女は変なところでこだわりが強い。
歯磨きに約1時間を費やした。
頭の中で、時計を確認する血糸さん。
いつもより歯磨きを5分長くしてしまった。
血糸さんは急いで着替えて、家を出る。
血糸さんの通勤のこだわりは、車や電車などの乗り物を使わずに自分の足で仕事場に行くということだ。
血糸さんの家から空港までは100kmの道のりだ、血糸さんは一般道の車道を時速50kmで走ったが、道が渋滞していて、このままでは出勤時間に間に合わない。
そう思った血糸さんは高速道路を走ることにした。
血糸さんは料金所を強行突破して、高速道路に入った。
腕に内蔵させたモーターの回転数を上げ、腕をより速く振り、走った。
時速は150kmに達した。
追い越し車線をひたすら走った血糸さん。
人が高速を車より速く走るなんていう、ありえないことを目にしたドライバーたちは、脇見で追突事故を起こしていた。
計1000台の玉突き事故に発展した。
血糸さんはそんなことになっているとはつゆ知らず、職場に向けてひた走る。
血糸さんは時速150kmを維持したまま、空港ターミナルビルの入り口ドアを突き破っていった。
お客さんはびっくりしていたが、職員にとっては日常茶飯事なので、職員は「あっ、今日は血糸さんの出勤日なんだ」くらいの認識しかしない。
血糸さんは事務所に入る。けれど、減速が間に合わなかったため、入り口ドアを突き破ったあと、そのまま窓ガラスを突き破り、事務所のある5階から外に落ちてしまった。
血糸さんはおっちょこちょいなのである。
5階から落ちても傷一つない血糸さんは、もう一度歩いて職場に向かった。
血糸さんが事務所に入り、朝のあいさつをしようとすると、そこにいた全員が一斉に耳を塞ぐ。
「おはようございます!!!」
血糸さんは空港中に響き渡る声であいさつをした。
大きな声であいさつをしなさいと昔から教えられた血糸さんは常にこれを心掛けている。
けれども血糸さんは加減を知らないのだ。
こうして、血糸さんの空港での一日が始まった。
午前10時から血糸さんの仕事は始まる。
今日の血糸さんの業務は発券業務だった。
普通のスタッフは発券機からチケットを発券するが、血糸さんは違う。
血糸さんは自分の頭をシステムに接続し、口からチケットを発券するのだ。
大半の客は血糸さんのこの姿を見て、びっくりして腰を抜かすが、常連さんは違う。
「今日は血糸さんが出勤しているから、血糸さんの列に並んじゃったよ」というファンまでいる。
午前11時を過ぎたくらいに、発券担当のスタッフたちが騒ぎ始めた。
どうやら発券機から発券業務ができなくなったようだ。
「助けて血糸さん」と一人のスタッフが駆け寄ってきた。
血糸さんはすぐに力を貸す。
まずは発券機が使えなくなった原因を調べなければならない。
血糸さんは自分の頭と発券機を繋いで、原因を特定する。
どうやら原因はサーバが障害を起こしていることだった。
血糸さんはサーバ室に向かう。
サーバ室に向かった血糸さんは、自分自身がサーバの代わりになった。
システムが復旧するまで、チートさんは代わりを努めた。
このおかげで発券業務が止まらず、大きなトラブルとならなかった。
午前の業務が終わり、血糸さんがお昼ご飯の角砂糖を食べようとすると、一人のスタッフが、
「大変大変、血糸さん助けて」
と駆け込んできた。
血糸さんが「そんなに焦って、どうしたの」と聞いた。
スタッフは「バックができない飛行機を押す、トーイングトラクターが3台同時に故障しちゃったんだ。このままでは飛行機に遅れが出てしまう!」と言った。
「わかった! 私が代わりに飛行機押すよ」と血糸さんは言って、スタッフと一緒に飛行機のところへ行った。
周りのスタッフたちが「血糸さんが来てくれたなら、もう大丈夫だ。血糸さんの出勤日でよかったよ」と口々に言う。
血糸さんは「さぁ、始めるか」と言って、最初の飛行機を押し始めた。
血糸さんは涼しい顔で重い重い飛行機を片手で軽々と押した。
次の飛行機のところへ移動する時に、血糸さんの不注意で飛行機に轢かれるというトラブルもあった。
飛行機本体、燃料、お客さん、貨物の重さを合わせると、350トンになる。
そんなものの下敷きになっても、血糸さんは頑丈だから、全然平気だ。
その後も次から次へと作業を行った。
トーイングトラクターが復活して、作業を終わらせることになった血糸さんは、調子に乗って最後の飛行機を人差し指1本で押して見せた。
そのあとはカウンター業務に戻った。
午後3時を過ぎたくらいに、女の子とお母さんが駆け込んできた。
「アメリカ行きの次の便は何時ですか?」
鬼気迫る表情でお母さんが血糸さんに聞く。
「大変申し訳ございません。本日のアメリカ行きフライトはすべて終了してしまいました」と血糸さんが答える。
「そんなぁぁ」
お母さんが泣き崩れた。
血糸さんは「もしよろしければ、どうなさったか教えていただけませんか」と言った。
「アメリカに住んでいる私の父親が急死してしまったんです。葬式が明日なので、今日の便で向かわなければ、間に合わなかったんです。私も娘も父のことが大好きなんで、最期のお別れをしたいんです」
血糸さんはこの親子になんとか最期のお別れをさせてあげたいと思った。
「それなら、一つだけ方法があります」と血糸さんは言った。
お母さんが藁にもすがる思いで「教えてください」と言った。
「私が二人を送り届けることです」
お母さんは、言っている意味がわからず、はいっ?という顔をしていた。
血糸さんは二人を両腕に抱え、滑走路に立っていた。
「では行きますよ!」と血糸さんは声をかけた。
血糸さんは滑走路で助走をつけ、空に飛び立った。
血糸さんのスピードはどんどん加速していく。
やがて血糸さんはマッハ20に達した。
わずか30分でアメリカの空港に着陸した。
お母さんは何回も頭を下げ、「これで父と最期のお別れができます。本当にありがとうございます」と感謝した。
「最後に一つだけ聞いてもいいですか。あなた何者なんですか」とお母さんが尋ねた。
血糸さんは「ちょっと力があるだけの、しがない20代女子です」と答えて、日本に帰って行った。
今日の被害報告
血糸さん家のテーブル、車1000台、空港の扉、事務所の扉と窓ガラス
被害総額、計30億300万円也
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