君が焦がれたオリオン

@hagihara0705

第1話  邂逅


「お前は、わしと出会ったこと、後悔しておるか?」

「気持ち悪いこと聞くんじゃねぇよ。してないさそんなもの。もうちょっとましな出会い方があったかもしれないが…」

「ふっ、そうじゃな」

 少女は笑っていた。

 さて、笑っていたのだろうか。

 僕にそれを知る術は無い。

 ただ一つ言えるなら…





 冷めた外気が、我が家の天井に空いた風穴から流れ込んでくる。数刻前の爆音の正体が開けたと思しき大穴からである。

 僕を照らしてくれていたはずの蛍光灯は、粉微塵になって地面に散らばり、僕の眼前には形容し難い闇が鎮座している。

 何が起きているのか分からない。

 何かが空から、部屋に落ちてきた。

 天井をぶち抜いて落ちてきた。

 音と勢いからしても、この家を建てた大工に落ち度はないだろう。

 少なくとも今は、あの瓦礫の下に僕がいなくて良かったという思いで胸がいっぱいである。

 辺りからはすえた臭いがする。さびた金属のような、無機質な匂い。

 目の前には、見たこともないような複雑な模様が刻まれた、巨大なボートのようなシルエットをしたものが、飛散した瓦礫の上に横たわっている。

 これが匂いの正体であろう。

 そのボートの表面からは煙が立ち上っている。

 熱いから出ているのか冷たいから出ているのか、どちらか測りかねているうち、部屋には煙が充満し何も見えなくなった。

「宇宙船でも落ちたのか」

 僕は襲い来る眠気も手伝い、それほど焦っていなかった。人間、あまりにも突拍子のない事件に遭遇すると逆に落ち着くものである。

 誰に聞かせるでも無く、一人うわごとをのたまった後、とりあえず窓を開けなければ、と月明かりの方の差してくる方へ足を向けた。

 すると、そのボートのようなものから


ガシューー、、


と、何かが開くような音がする。

 その瞬間、全身が跳ね上がった。

 寝ぼけていた僕の頭は急に覚醒する。

 さっきまでは被害の処理のことしか考えていなかったが、こうなると話が変わってくる。

 僕の教養が高校生の平均値をはるかに下回っていることを考慮しても、こんなボートのような形をした飛行機などない。

 今しがた自分で発した、「宇宙船」という言葉が頭をよぎる。


 生き物がいる。中に。生き物が。


 この場合、中にいるのが人間とは限らない。

 立っていられず、その場にへたり込む。

 煙、もとい湯気はだんだん薄まっていき、謎のボートの輪郭が明らかになっていく。

 色は銀色のように思うが、部屋が真っ暗なので本当はどんな色なのか分からない。天井から漏れ出す月光が表面に反射し、幻想的に光る。


シュー、、

 

 これから開く部分を示すように、表面に線が入る。

 僕は逃げようと腰を浮かせるが、思うように体が動かない。

 線に沿うように、長方形の板がボコっと浮き出す。


「あっ!うわぁぁっ!」


焦った僕は咄嗟に、声を出して助けを求めることを思いつき、必死に喉を振るわそうと努めた。しかし、ひねり潰された雀のような声しか出てこない。

 我ながら情けない。


ギイ、、


ボートが少し軋み、中の何かが動く。

 僕の声に反応してしまったのだろうか。分からない以上、これ以上声は出せない。

 そうだ、警察だ。

 次はそう思いつき、ポケットの中の携帯を取り出そうとするが、ポケットが二重になっていて上手く取り出せない。

 自分に腹を立てながら手に力を込めると、余計に制御が効かなくなる。


ガコッ、


板が外れ、床へ落ちる。

 空いた穴から黒い影のようなものが、中からぬうっと出てくる。

 湯気が晴れたと言っても、明かりが戻った訳では無い。

 依然シルエットのみのそいつは、頭と思しき部分をボートから出し終わり、縁に手をかけ、体を引っ張りだそうとしている。

 もしこっちへ来たら、限界まで引き付けて逃げ出そう。

 ふとそんな考えが頭に浮かんだが、いくら極限状態にしても発想が馬鹿すぎると一蹴した。映画の見すぎである。

 前提として、今僕はビビってしまって動けない。動けたら中身が出てくるのをこんなに悠長に待ったりはしない。

 喉咽がゴクリ、と鳴る。

 いつ出てくる。

 今か。


 まだか。


 いや、今か。


 それじゃJRAじゃないかと脳内でツッコミを入れながら、ボートから出てこようとする影を見つめる。

 僕にはもう、見つめることしか出来ない。

 頼む、死んでいてくれ。

 百歩譲って生きていても、人間であってくれ。

 千歩譲って生きていて人間でなくとも、穏やかなやつであってくれ。

 見苦しいほどに、祈る。

 祈る。

 祈る。

...........................


 出てこない。

 全然出てこない。

 待てど暮らせど出てこない。

 出る意思が無いのだろうか。

 確かに、僕も旅行などで目的地に着いた時、冷房が効いた車内と、むせかえるほどの外気とのギャップを文字通り肌で感じ、車に残るとごねたことがある。

 それと同列に扱うのは無理があるが、ここまであほらしくは無いにしても何か、出られない理由があるのかもしれない。


ガタッ


ボートがごろっと転がった。

 影は頭まで出たところで止まっている。出たまま転がったので、頭が地面に押し付けられる形になっている。

 案外間抜けなのかもしれない。

 再びポケットをまさぐると、携帯では無い、何かもにゅっとした感触にぶつかった。

 他でもない、消しゴムである。カバーもとれて、丸まった消しゴム。

 ふと魔が差して、その頭目掛けて投げて見ようと思いついた。当たって反応がなければ死んでいるかもしれない、もしそうなら落ち着いて警察を呼ぼう。反応があったら、、まあその時はその時で考えよう。反応によっては命は無いかもしれないが…

 僕はそう思いつつも、いくらか落ち着きだしている自分に気が付いた。僕の緊張には周期があるらしい。今は落ち着きフェーズということだ。

 消しゴムを手のひらに乗せ、上手く一回転させながら、黒い影に向かって消しゴムを叩きつけた。


「あだっ」


 あだっ?

 誰の声だ?

 この家には僕しかいない。

 人生十週目のネズミでもいるのだろうか。


「この星の種族は攻撃的じゃのう」


 だから誰だ、誰が話している。

 女の子、の、ような声だ。

 一体、僕の目の前には何がいるのだ?

 僕は先程のそれとは全く違う意味で慌てながら携帯を取り出し、ライトをつけた。

 うわっ眩しい。

 暗闇に目が慣れていたので、僕は軽く仰け反る。

 反射的に閉じてしまった目を擦りながら、僕はライトが照らす先を覗き込む。

「こら、眩しいじゃろ」

 訝しげに目を細め、僕を睨みつける。

 宝石のような、瞳。

 ボートに入っていたのは「少女」だった。

 ライトを当てているからか、肌も透き通るように白い。

 彼女が何人なのか、学の足りない僕には知る由もないが、少なくとも外国人には思えなかった。

 僕は彼女の所在を明らかにしようとするが、上ずってしまって声にならない。

「あ、うわ、き、君は」

「その前にまずここから出せ、見てわからんのか。首が苦しいのじゃ」

 言葉が続いていくにつれ、音程が上がっている。本当に苦しいのだろう。

 だが苦しいのは僕とて同じだ。

 この状況はどうすればよい。

 人間なのか、触れても大丈夫か、

 出したら動き出すのではないか、このまま通報した方が良いのではないか。

「通報はするな」

 心を読まれた。

 焦ると顔に出るほうだが、ここまでバレバレとは。

 しかし、通報するなということは、裏を返せば通報されては不都合があるということだ。そうだ、そうに違いない。ということは通報すべきなのだ。

「早くここから出さんと死ぬぞ」

 全身がひくついた。

 口角が上がっている。

 まるで余裕だ。

 僕などがかなう相手では無いようだ。

 とはいえ、入口に首を挟んだ少女相手に敗走したとあっては末代までの恥になることうけあいである。まあ、僕の子孫なのだから、こんな恥など軽く塗り替えてくれるポンコツだらけに違いないが…

 僕は一言言ってやろうと、震える顎を何とか制御し声を出した。手はボクサーのようなポーズをとっている。鏡がなくとも、様になっていないのがよくわかる。

「だ、誰が死ぬって?」

「…ワシじゃ」

 お前がか。先程の笑みはなんだったのか。

 僕は穴の空いた風船のように、体の力が抜けていくのを感じた。

 一呼吸ついたあと、すかさず笑いが込み上げてくる。

「ぷふっ」

「おい笑うな」

 少女からお叱りを受けた。

 しかしヘッチャラだ。何も怖くない。

 僕を殺すどころか、そこから出ることも出来ないのだから。

 僕は動くようになった足をずんずんと動かし、少女の前に立った。

「助けて欲しいの?」

 顎はこれでもかと上がり、両手を腰に当て、自分より一回りも二回りも小さい少女を見下ろす男の姿がそこにはあった。

「お前、すごいのう…」

 瀕死の少女にドン引かれてしまった。

 さすがに少し冷静になる。

 僕は、少女の目の前に腰を下ろすと、両手で小玉のスイカのようなサイズの頭をむんずとつかみ、ボートに足を固定し、全力で引っこ抜いた。

「だっ!いだい!いだいっ!おい!慎重に…あだっ!!」

 呻き声を上げながら少女はすっぽ抜けた。

 案外簡単に抜けたので、僕も呻き声を上げながらすっ飛んだ。

 床に仰向けに投げ出された僕の上に、少女が覆いかぶさってくる。

 まるで重みを感じない。

 見たままの少女の体重だ。

「うぅ…」

 少女は伸びてしまったようだ。

 頭の上に、漫画でよく見るぐるぐる線を回している。

 あれ現実でも見えたのか。

 ?

 なんだろう、何か違和感がある。

 腹だ、腹がそう言っている。

 腹の上に当たる感触に違和感がある。

 何かこう、薄いというか。

 少女との壁が薄いというか。

 なんだ、この違和感は。

 取り乱して放り投げた携帯を再び手に取り、自身の腹を照らす。


 少女は何も纏っていなかった。


 僕は狼狽える。

 冷静になって考えてみれば、ボートのようなものに乗って人の家をぶち抜いてくる少女に、今更常識を強要するのも滑稽な話だった。

 だがその時の僕は当然冷静ではなかった。

 とても狼狽えた。

 情けない話だが、中に人がいるとわかった時より狼狽えたかもしれない。

「お、おぉいお前、、」

「ふふふ」

 目を伏せたまま、もとい俺の胸に顔を埋めながら、少女は不敵に笑う。

「ワシはどんな格好をしとる?」

「どんな格好っておまえ…」

 言うまでもない、この世への登下校の際のドレスコードとも言うべき姿。 

 まあ全裸である。

 やけに薄いと思った僕の皮膚の感覚は、正常に作用していたようだ。

「この助平め」

 僕の頼りない胸板に手を付き、少女は身を起こす。

 当然、馬乗りのような構図になる。

 ちなみに、手を付かれる時少しこそばゆくて「ゆぁっ」という気持ち悪い声が漏れ出ていた事は、僕の人生の、墓への持ち物ランキングの二位くらいには食い込む出来事であろうことは間違いなかった。ちなみに一位は、「誰にでも優しい女子に対して大いなる勘違いをし、今期のアニメの話を執拗に迫ったこと」である。出るところに出られれば何らかのハラスメントに該当するに違いないが、先述したように、この出来事は墓への持ち物だ。誰にも知られることは無い。

「うわぁ…それはなかなか痛々しいのう…」

 なぜバレている。顔に出るとかそういう問題ではなかろう。超能力者じゃないか。

 いや、それもそうだ。

 まだこの少女が人間だと決まった訳では無い。

 少女はこちらを見下しながら顔を歪めて、憐れむように言った。

 そちらのペースにはさせじと、僕は少女に切り出す。無論、まだ馬乗りになられたままだ。

「お前、どこから来たんだ。一体誰なんだ、人間なのか?」

「そうじゃそうじゃ、それそれ、本題を忘れとったわ。」

「本題?」

「わしはこの星のものでは無い。この銀河から遠く離れた…まあ恐らくじゃが。遠く離れているかもしれない銀河からの来訪者、と言ったところか。」

「恐らくって何?」

「そんな話はあとじゃ」

 この話を後でせずにいつするのだ。

 というか、後ってなんだ。

 ふと、この星の生物では無いことを明かされても、あまり動揺していない自分に気が付いた。

 その理由の大部分は、この愛くるしい容姿と、親しみのある(二次元)話し方によるものだろう。発達した頭蓋を見せびらかしながら、未知の言語を話始められたら、さしもの僕とて腰を抜かさざるを得ない。宇宙人かもしれない、と、ある程度目星をつけていたと言うのもあるが、心のどこかで否定して欲しい気持ちもあったのである。

「わしをこの家に住まわせよ。」

 戸惑う僕を横目に、少女は告げる。

「嫌と言ったら?」

「すごく困る」

「お前がか?」

「うん」

 そうか。困るのなら仕方ない。

「頼み事をするのに、その口調はないだろう?」

「口調?なにそれ?」

 この不遜な話し方は、今どうこう言って治るものでもないらしい。

 ふと、眠気が襲ってくる。そういえば、今は良い子は既に寝る時間であり、良い子の模範例であるところの僕もまた、寝ていて然るべき時間であった。

「むぅ…」

 意識が朦朧としてくる。視界がぼやけて、少女がだんだん見えなくなってくる。

 極度の緊張から解き放たれて、全身が弛緩していくのがわかる。

「お、おい!寝るな、話はまだ終わって…」


 眠りに落ちる寸前の様子を覚えている人間は居ない。よって、私もここいらで眠りについたということは分かるが、これ以上の記述は至難を極める。

 ここで、指を噛んででも目を開けていれば、この物語があんな結末を辿ることは無かったろうと後悔しつつ、それも運命かと、目を瞑って全てを受け入れる。

 そうだ、決まっていたのだ。あいつに会ったこの時から。

 全ては決定していた。

 そう思わねば、やるせなくて仕方ない。


 

 

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