第30話 グルニエ②

 身体が冷たく、固い。

 秀一が入っているこれは死体だ。


 だが秀一が運ばれるのは、従兄弟の正見まさみが外科部長を勤める病院。

 前回はちぎれた手足がくっつき気味悪がられたが、深く追求されなかった。

 今回は全身の血が抜けて内臓がはみ出ている。

 だがまあ大丈夫だろう。


 心配なのは正語しょうごだ。

 またどう思われるか——。


 まあいい。

 愛想を尽かされたなら、また好かれそうな身体を見つけて会いに行くだけだ。

 そんなこと、服を着替えるように容易い。


 だが今生。

 あいつが自分以外の相手と一緒にいるのを見続けるのは癪に障る。

 なんとか一矢報いることはできないか……。


 未央からまたメッセージが来た。


『秀ちゃん、大丈夫? 高辻さんが迎えにきてくれた。多聞くんと一緒に都筑さんがいるホテルに向かってるよ』


 こっちはみんな無事だと、メッセージを送ったが、未央の不安が伝わってくる。

 安心させるために、協力してくれる人がいるとメッセージを送った。


『正語さんに来てもらったの?』


『違う』


『警察の人じゃないの?』


 あいつを何と呼べばいいのか——。


『屋根裏って、なんか他の言い方ある?』


『グルニエ』


 いい感じだ。

 名前っぽい。


『グルニエに手伝ってもらってる』


『外国の人?』


 その時、近づいてくる人の気配を感じた。

 鮎川だ。


『心配しないで。助けが来た』


 秀一はスマホを閉じた。

 鮎川が階段を上がってくるのが分かったが、なぜか呼吸が辛そうだ。


 ——アユ? 誰かに追われてるの?


 助けに行きたいが、身体が動かせない。

 仕方がないので、隠れて震えている灰色のパーカー姿の男を操ることにした。


 ——アユが危ない! 助けを呼べ!


 男は腰が抜けた状態で床を這った。

 鉄の扉を開けてやると、男はその隙間に手を伸ばす。


 伸ばした手で人の足を掴み、男は大声を上げた。


「助けてくれ!」


 よかった。

 これでアユは助かる。

 安堵と同時にいい考えがひらめいた。


——そうだ! 力を失くせばいいんだ! 正語にもっとも愛されていた時にオレは戻るぞ!


 秀一は自分に術をかけて、力を封印しようとした。

 

 だが、ふいに幼馴染のコータの姿が頭をよぎる。

 みずほ町の本家で、黙々と掃除機をかけるコータ……。


 秀一の実家は、コータ(正確にはバックについている大人)から慰謝料を請求されている。

 今回自分がした仕事で、支払いは終わるのだろうか?

 まだ足りないならどうしよう……力を失くした自分にはコータへの償いが出来ない……。


——もっとお金が必要だと言われたら、オレは元の自分に戻りまた働こう!


 秀一はそう決意して、自らの力を封印した。

 そして自分が何者なのかも忘れ去った。



 


 


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屋根裏に棲むもの こばゆん @kobayun

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