第6話 出口のない家①
除霊日当日。
依頼人の
幽霊屋敷の最寄り駅まで、未央と電車に乗っている時は楽しかった。
改札口で宇佐美の姿を見た時は意外だったが、まあ平気だ。
だが駐車場で待つ真海と
一方、宇佐美から秀一を紹介された真海は、口に手を当てて驚いた声を上げる。
「……やだぁ、宇佐美さん……霊媒師って言うから、恐山にいるイタコの人を想像してた……」
真海に見つめられた秀一は、ますます萎縮した。そっとあとずさり、未央の後ろでうつむく。
「——黒い学ランに黒ボタンって……二人共それ、コスチューム?」と真海。
「制服です」とニコニコしながら未央が答えた。
未央は秀一の人見知りを察して、秀一と真海の間に胸を張って立つが、身長百五十三の未央が百七十の秀一を隠すのは無理がある。
「二人は自修院高等科の生徒なんです」と宇佐美が言うと、「すごい! 賢いんだね!」と今度は真海の隣に立つ克己が、秀一と未央に称賛の目を向けた。
未央の後ろで、秀一は何度も首を振る。
未央は秀才だが、秀一は進級すら危うかった。
「黒衣を纏った美少年なんて、素敵すぎる!」と真海はスマホを取り出した。「一緒に写真撮って! ユカに送って、自慢したい!」
写真には応じたが、あれこれ質問してくる真海に、秀一はほとんど無言。未央が代わりに返事をしてくれた。
「秀一くん、助手席に乗って!」
と真海が自分の車に誘ってきても、秀一は首を振って断った。
宇佐美の車に乗せてもらう。
「僕が乗ってもいいですか?」と気を利かせた未央が無邪気に笑った。「ベンツに乗ったこと、ないんです!」
こうして真海が運転する車に未央と克己が乗って先導し、その後を秀一を乗せた宇佐美の車がついていくことになった。
駅も人気がなかったが、町中も廃れていた。
走る車の中から秀一は、シャッターが降りた商店街を見つめる。
「宇佐美さん、今日は休みなの?」
「休みました」
——この人がいなくて、
秀一は目を閉じてシートにもたれた。
自分の嫉妬心にはウンザリする。
「真海さんから幽霊屋敷の話を聞いてから、その家のことを調べてみたんです」
怪談話がたくさん出てきましたと、宇佐美は笑った。
「解体工事中に突然重機が動かなくなったとか、作業員が事故死したとか……家から赤ん坊の泣き声が聞こえたり、少女の霊を見たり——三十年前には実際に行方不明になった少女が家の近くで目撃されましたが、子供の証言なので、まともに取り上げられなかったようです」
「その子、まだ見つかってないの?」
「そうです。少女の名前は石塚幸恵さん。当時十五歳ですから生きていれば、四十五ですね……七十過ぎたご両親は今も娘さんを探しています——」
きっと宇佐美は、幽霊話以上に少女の失踪事件に心を動かされてここに来たのだろうと、秀一は理解した。
「行方不明の少女に関する資料をまとめたのですが、あとで目を通してもらえませんか?」
「今から行く家は、真海さんの家なんだよね? その子のこと、真海さんは知らないの?」
「その家に最後に住んでいたのは、
「多恵子さんは、その家で亡くなったの?」
宇佐美が考えていることが、秀一に伝わってくる。宇佐美の頭の中をのぞきたいと思わなくても、強い思いは入ってきてしまう。
「分かりません。多恵子さんが亡くなってだいぶ経ってから、真海さんは母親の死を知らされたそうです。ご親戚の方も皆さんお亡くなりになっていて、多恵子さんのことを誰に聞けばいいのか分からないそうです」
「真海さんは、屋敷にいる幽霊が自分のお母さんかもしれないって、思ってるんだね」
「そのようです」
——そして宇佐美は、真海の母親が少女の失踪に関わっていると疑っている。
「
「いえ。僕が興味を持っているだけです——」
宇佐美は秀一の問いの真意を測るように眉を寄せた。
「正語と仕事するのは楽しい?」
「ええ、まあ……」
「正語のこと、好き?」
「……職場はフォーマルな場ですから、役割や立場が優先されます。個人的な好き嫌いは排除するようにしています」
「ネズミだ」と秀一は目を瞑ったまま言った。
「はい?」
「屋根裏にたくさんのネズミがいる」
「——もう、家が見えるんですか?」
「女の人がネズミを食べてる。食べて吐いて、食べて吐いてをずっと繰り返してる」
「……女の人の、霊ですか?」
「生きている人と死んだ人。屋根裏には二人いるよ」
恨みを抱いて死んだ者がいる。
死者の憎悪に呼応して、屋敷中に多くの魔物が集まっている。
——だが大したことない。
すべて自分より下位の者たちだ。
いますぐに、ここからでも消し去れる。
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