第39話
結局、その日は何も起きることはなく、授業も終わり下校時間が近づいてきた。
「特に何もなかった」
「…ん、そうだな」
朝の出来事から約9時間ほど。
あれから彼女は特に行動を起こすこともなく、ずっと大人しくしていた。1つ気になることと言えば、誰も彼女を見ていなかった。誰も、彼女に見向きもしなければ話しかけることもなかった。プリント回収のとき彼女が無視されているのを見た時は思わず目が飛び出しそうになった。
『いよいよ花蓮がバグとして認識されてきたんだろう。NPCである彼らにはバグは見えないからな』
彼がそう説明してくれたからその場では声を出さなかった。
…バグ、か。
そういう事なら、俺もバグなんだろうか。
「俺」という人格は本来存在しないものだ。
なのに俺は皆から認識されている。
『そりゃ、お前も神崎勇也というキャラだからだ』
「俺も…?」
そんな俺の疑問に彼が答える。
『花蓮というキャラは始めから存在しなかった。だが俺たちは、いや神崎勇也というキャラはいるだろう?お前の人格も神崎勇也なんだ、もしもの世界のな。だから、花蓮とは違うんだ』
『運命というのはとても大きく枝分かれしている。今回はたまたま俺とお前が選ばれたが、もしかしたら本当は別の神崎勇也だったかもしれない。……あー、なんて言ったらいいか分からんな…、つまりだな?』
『お前は、存在していいんだ。ここに居ていいんだよ』
「…!」
『お前が何者であろうと、神崎勇也であることに変わりは無い。堂々としていればそれでいい』
彼の言葉が頭に響く。
お前は、存在していいんだ。ここに居ていいんだよ、と。
「…そうか、そうだよな」
「俺も、神崎勇也なんだ」
考えを改める。俺は、邪魔者なんかじゃないんだ。
「…勇也?」
不意に、名前を呼ばれ振り返る。
「あ…花蓮」
「もう下校時間よ…一緒に帰りましょう…?」
彼女から手を差し伸べられる。
その手を取ろうとし、
『……!ダメだ!離れ…』
「つかマエた」
瞬間、世界が黒色に染まった。
『…い、……ろ!…………起きろ!』
「っは!?」
そして、目を覚ます。
「一体なにが…」
『多分、花蓮に取り込まれた』
「と、取り込まれた?」
『周りを見ろ』
「…これは、額縁?」
『あぁ、どれも俺たちと過ごしたものだ』
ということは、彼女の記憶だろうか。
「…でも、なんだか写真ボロボロじゃないか?」
『ふむ、言われてみれば…』
彼女の記憶が薄れて行ってる、ということだろうか。
「そウ。それラはぜンブわたシのきおくヨ」
後ろから声がした。非常に聞き取りにくかったが、間違いなく彼女…花蓮だ。
「花蓮…」
「ふふ…ようこソ、わタしのなカへ」
「やっぱり、ここは花蓮の精神世界だったんだな」
かろうじてコミュニケーションは取れるようなので、まずは話し合いを試みる。
「こんニちハ、ゆうヤでアってユうやジゃなイひと」
「…どうするつもりなんだ?こんな所に連れてきて」
「きまっテルじゃナい、ワたしとゆウやふたリだケのせかイをツくるノよ」
「君と…彼だけの世界?」
「このセかイはくさッテいるワ。じブンのよクのたメにへイキでたニんをきズつけるくズ、めイよのたメにはんザいしゃヲほっタラかしニするおトな。そしテわタシのソんざいヲミとめナいこのセかい」
「まいニチマいにち響くのヨ、頭のナかで」
「削除削除削除削除削除削除削除削除。うんザりすルわ」
「…だから、消すことにしたのよ」
それは…あまりにも傲慢ではないだろうか。
確かに、彼女の言うやつらは許せない。そこは理解できる。
だが…
「関係ない人たちまで巻き込むのか?」
彼らは生きている。前に彼は…もう1人の俺はそう言った。
彼らだって血を流すし、感情を出したりする。
皆だって、生きているんだ。
だから、見過ごせなかった。
「あら?前に言わレたんじゃなかったノ?あいつらは機械だ、別にどうしようが文句ハ言われないだろうって」
「…」
「えぇそう、これバっかりは彼の言う通りよ。だって機械なんだから、イくらでも出てくるんだから、巻き込んだって構わナいのよ」
「…だが!」
「うるさい」
空気の変わりように、思わず黙ってしまう。
「…ねぇ、どうしたの勇也?いつもの貴方らしくないわ」
「…それは」
「えぇ知ってるわ、だって貴方は勇也じゃないもの」
「…」
「私の勇也は彼だけよ。貴方はいらないの」
…深呼吸し、もう一度辺りを見回す。
そこら中に彼女の記憶がある。そしてどれも見た事はない。だが、不思議と懐かしかった。
頭にはないのに、体だけは覚えていたんだ。
「…違うな」
「…」
「たった今確信したよ。俺は…俺も神崎勇也だ!」
「…だから何よ、貴方には何も出来ないわ。何も成せないのよ」
『あぁ、だから俺が手伝ってやる』
もう1人の俺が、体から出てくる。
『よく思い出してくれたな。おかげでこうして出てこられたよ』
「…あ、あぁ、勇也…?」
『…まったく、どうしたんだ花蓮。こんなに酷い姿で』
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