シスター×シスターズ!

はるはる

プロローグ わたしのお仕事はシスターです!

第1話 吸血鬼のいる世界

 オレンジ色に染まっていた空は暗い藍色が占める割合が多くなり、まもなく夜がやって来るのを告げていた。


「待てぇー!」


 やや息を切らせながら、千早川ちはやかわ祐奈ゆうなは薄暗い路地裏を走っていた。いや、正確に言えば追いかけていた。足を踏み出す度に肩口で切りそろえられた明るい茶髪と、紺色のブレザーに合わせられたチェック柄のスカートがふわりと揺れる。


 祐奈が追っているのは男だった。中肉中背、短い黒髪で歳は三十代半ばと言ったところ。

 祐奈の追跡を逃れようと、ゴミ箱や自転車を倒して妨害しながら逃亡していく。


「あぁ、もう……」


 その散らかった様子に祐奈は呆れながら声を漏らす。倒された自転車を軽快にジャンプして飛び越え、角を右に曲がった。すると。


「やっと追いついた」


 祐奈の言葉に反応して男が振り返る。

 男の背後には、コンクリートブロックの壁が高くそびえ立っていた。当然、左右に逃げられる場所はない。唯一の逃げ道に祐奈が立ち塞がったことで、男は唇を噛んだ。


「な、なぁ。見逃してくれねぇか?」

「ごめんなさい」


 はっきりと否定の意を表して、祐奈は右手を目の前に突き出す。手のひらを広げると、薄っすらと淡い光が現れて辺りを照らした。やがて光が弾け、祐奈の手の中に一振りの刀が握られる。

 制服にはあまり似つかわしくない銀色に煌く刃を、祐奈は手慣れた動きで構えながら男に鋭い視線を向けた。


「わたしはシスターです。あなたたち吸血鬼を見逃すわけにはいきません」

「くっそ、ならぶっ殺すまでだ! シスターさんよぉ!」


 威嚇ともとれる大きな声を発した男の右手を真っ黒な影が飲み込み、祐奈が手にしているものと同じような剣をかたどった。しかし、祐奈の神聖さを感じさせる刀とは対照的に、男が手にしているのは禍々しく赤黒い剣だった。

 まるで血液を凝固させたかのような吸血鬼特有の武器――血器けっきの切っ先が向けられるも、祐奈は集中した表情を変えない。じっと刀を手にして男のことを見据える。


 やがて、痺れを切らした男が叫びながら血器を振り上げ斬りかかってきた。


「死ねぇぇぇぇぇッ!」

「――ッ!」


 祐奈はその攻撃を真正面から受け止めた。金属と金属がぶつかった甲高い音が響き、火花が散る。まさか、こうも簡単に祐奈に刃を止められると男は思っていなかったのだろう。男は驚きの声を漏らすと、


「くそが!」


 苛立った様子で血器を躍起になって振り回した。

 祐奈はその攻撃を全て冷静に防いでいく。そして一瞬の隙をついて、


「はぁッ!」


 一歩、男の懐へ踏み込んで血器を弾き飛ばした。丸腰となった男の身体を、銀の刀で一閃する。


「やぁッ!」


 切り裂かれた男は苦悶の叫びをあげて、ガクッとその場に膝をついた。肩で息をしながら、祐奈を睨みつけるがその目は虚ろだ。ダメージと共に血液を失ったため、飛ばされた血器は消え去り、新たに作り出す余力も残っていないらしい。

 ただ、祐奈を見上げることしかできないようだった。


「やめ、たすけ――」

「――ごめんなさい。この街を守るためには、あなたたちを生かしておくわけにはいかないんです」


 祐奈が刀を振り下ろして止めを刺すと、男は灰と化して消滅した。完全に男の姿が消失すると共に、緊迫した空気も緩やかな日常のものに戻る。祐奈の手からも銀の刃が光の粒子となって消え、祐奈は安堵のため息を吐いた。


「さてと。教会に報告に行かなきゃ」

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