第18話 戦う俺、援護射撃のお前

 月宮を振り払おうとしてもなかなか離れようとしない。今日はいつもよりもウザいぞ。上目遣いで俺を見ながら問いかけてくる。


「ダメ?」

「……しょうがねえな。知り合いに会ったら離れろよ」

「やったー!」


 そんな会話をしながら俺たちは学校中をうろつく。右腕に月宮の温かみを感じながら人混みの中を歩く。もう昼間になり、人はかなり多くなっていた。


「ねえ、まずどこ行きたい?」

「お前の行きたいところでいい」

「えー。私が決めるの?」

「……任せる」


 俺がそう答えると、月宮はニコニコして俺の手を引っ張る。そして、最初についた場所は……。


「ああ、ドーナツ」

「うん! 私ドーナツ好きだよ!」

「そうか」


 別にドーナツは嫌いではないが……。全てが月宮の意思で決定されてしまうのが気に入らない。

 入り口は華やかな装飾でいっぱいだった。席に案内されるとすぐに注文をする。月宮はチョコレートのかかったものがお好みのようだ。俺は普通のプレーン。


「うーん。美味しいー!」


 月宮は満面の笑みでドーナツをほおばる。俺は黙々と食べる。普段は食べないが、文化祭ということもあり美味しく感じられた。


「ねえ、なんで喋らないの? おいしくないの?」

「うまいから喋らないんだよ。お前には分からないかもしれないけど」


 予想通り月宮の頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。分かってない。うまいものを味わう時は自然と黙ってしまうものだ。蟹を食べる時は無口になるって言うだろ? いや、それは違うか。


「私は、おいしいものはおいしいって伝えたいな。無言じゃ分からないもん」

「そうか。俺はこれでいいんだよ」


 まあ、これは価値観の違いだ。月宮は典型的な陽キャ。沈黙が続くのが苦手なタイプだろう。俺はそうは思わない。ベテランのぼっちは沈黙より会話の方が不安になる。

 ドーナツを食べ終わったところで、俺たちは外に出る。月宮はまた俺の手を握る。


「えへへ……、やっぱり楽しいね!」

「そうか」


 今日の月宮はいつもより積極的だ。普段から積極的な月宮だが、今日は一段と。もしかしたら文化祭でテンションが上がっているのかもしれないな。


「疲れてないか?」


 どうしたんだろ、俺。紳士的なことを言ってしまった。


「ちょっと疲れちゃった。そこ座ろうよ」


 歩き疲れてきたので、手頃なイスを見つけて休憩することにした。ちょうど廊下の端のところにある。のそのそと歩いて近づいていく。

 曲がり角に差し掛かったとき、金髪の男が目に入ってしまった。金田だ。金田は数名の女子生徒を引き連れ、パリピ選手権日本代表のような姿で歩いていた。金田も俺に気付き、目を見開いてこちらを見た。


「日野……。お前ついに……」


 金田は、俺と月宮が手を繋いでいるところに目を奪われている。当然の反応だ。


「ついにお前……、彼女できたんだな……」


 嬉しいような、悔しいようなという雰囲気を出している。


「いや、これはこいつが勝手に……」


 説明しようとするも、ほぼ無意味だろう。もはや、弁解することすら無駄だ。しかし月宮が間に入る。


「日野くんがぼっちで可哀想だから、一緒に回ってただけだよ」

「いいのか? そんなんで」

「日野くんは大事な友達だから」


 月宮の笑顔は嘘偽りのないもの……、な気がした。月宮は俺のことを友達だと思ってたんだな……。なんともむず痒い。


「そ……そうか」


 金田は今にも砂になって消えてしまいそうだった。月宮のこと好きだって言ってたしな……。いやいや、俺と月宮はそもそも付き合ってない!


「金田、死ぬな。お前の方が圧倒的に陽キャだろ」

「くそ……、これが現実か……。月宮が選んだ男なら……仕方ねえ。だが俺は諦めないぞ……」


 そう言って、女子生徒たちと共に静かに去っていった。いや、まだ付き合ってねえし。


 ☆


「いやー、びっくりしたねー。孝宏くんと会うなんて」


 多分金田の方がびっくりしてるぞ。

 そんなとき、月宮のスマホが鳴った。月宮は画面を見るなり、すぐにポチポチと返信を打つ。


「誰からだ?」

「優子ちゃんだよ。クラスのシフト終わったから合流するって」

「そうか」


 土屋のこと完全に忘れてた。それを本人に伝えたら怒るだろうな。あいつは孤独が苦手だし……。

 それから五分程度で土屋はやってきた。


「日野くーん、光ちゃーん。おまたせー」

「おう。お疲れ」


 土屋はいつもとは違い、髪を上に結んでお団子にしていた。いつもと違って明るい印象を与える。完全に文化祭仕様だな。


「どうかしら?」

「優子ちゃん可愛いー!」

「そうでしょう?」


 その自信はどこから湧いてくるんだ。まあ、確かに土屋は美人ではあるが、それを鼻にかけるのは気に入らない。自信があるからこそ良いのかもしれないが。


「日野くんと光ちゃん、すっかり仲良しね」

「うん! 日野くんと私はもう一心同体だよ!」


 どうしてそうなるんだよ……。月宮は手をパタパタさせて喜んだ。きっと頭がお花畑でできているんだろう。それなら仕方ない。


「日野くん、私も手繋いでいい?」

「バカなこと言うな」

「私がダメで光ちゃんはいいの?」

「そうだな……、よくない」


 そう答えると、土屋はぷくーっとほっぺたを膨らませて拗ねる。可愛くねえ。だが、この状況をどうにかしないといけない。俺が選んだのは……。


「月宮、手離せ」

「えー!」

「お前ら、早く行くぞ」

「は……はい!」


 この選択が正しかったかは分からない。だが、これ以上駄々をこねられたら困る。そして何より月宮とベタベタして変な噂が流れたらもっと面倒だからだ。つまりこれは保身のためでもある。


「まあ……付いてくるのは別にいいけどな」

「やったー!」

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