My (bad) Endroll
死後の世界を考えたことはこれまでに何度もあった。
視界いっぱいの真っ白な世界に連れていかれるのか。煌びやかな楽園に連れていかれるのか。
あるいは、何者かに点数を付けられて天国か地獄か、どちらに行くか審判を受けるのか。仰々しい動物のマスクを被った半裸の人間に命を計られるとか。……昔、世界史の授業か何かでそんな審判の絵を見た覚えがある。
人間が死んだ後、どのようなことが起こるのかは誰も──少なくとも命がある限りは──分からない。死人に口なしという言葉通り、それを語る者がいないからだ。
気がつくと、俺は映画館の座席に腰掛けていた。理由は分からない。何故か。それまで何をしていて、どこにいたのかを思い出せないあたり、ここが異質な場所だということは理解出来る。死後の世界。そんな言葉が頭をよぎると、ここがそうなのかもしれないと思った。
真っ暗な劇場にでかでかと存在しているスクリーンには何も写っていない。真っ黒な画面のまま、静止している。
周囲は耳鳴りがするほど静かだ。映画館なのに、キャラメルポップコーンの匂いはしなかった。
辺りを見回してみる。誰も観客はいない。俺だけが劇場の最前列の、ど真ん中の席で腰掛けていた。もし俺が映画を見るなら、こんな座席には座ろうともしない。首が痛くなるだけだ。
劇場内に音楽が微かに流れている。どこかで聞いたことのあるクラシック音楽。
どこでも聞けるようなクラシック音楽。一度聞けば忘れないクラシック音楽。口ずさむことは出来ても曲名を思い出せない。
「あのー、すみません。ここどこですか」
声は全く響かない。誰も返事をしない。それはまあ、誰もいない映画館だから誰かが返事をするわけも無い。誰かに聞こえている気もしない。
クラシック音楽が、段々とフィナーレに向かっているのがわかる。この音楽が終わった時に何かが起こるのでは無いだろうか。突然スクリーンが暗転して、そのまま何も無い闇の中に取り残されるのでは無いだろうか。
そう思うと、焦りが沸き起こってくる。
「おい! 誰かいるんだろ!」
クラシック音楽の激しさに感化されるように、俺は怒鳴り声を上げ始めていた。叩きつけるような管楽器の音に胸を突き刺されるようだ。
「こ、ここから出せ!」
「……なんなんだよ一体」
「なん……なんだよ」
「誰か」
聞きなれたクラシックの曲が終わりを迎える。
曲が終わる。
……終わったら、どうなるっていうんだ。
「……誰か、助けてくれ」
ふと、目元から一粒の涙がこぼれた。
何も出来ず、ひたすらに終演に向かう音楽。
俺は死んだのか。
俺って、なんだよ。
よく分からないまま、俺の人生が、終わったんだ。
山口光太役
山口光太
真っ黒のスクリーンに映し出された自分の名前が、画面下から上へ、ゆっくりとスライドしていく。
白く、不格好で、何の意味も持たなかった名前。
何も残せなかった、哀れな男の名前。それが自分の名前だということは分かる。
後悔。生への執着。罪悪感。怒り。悲しみ。自分自身への憎しみ。様々な感情が胸の中を埋めつくした。その名前を、必死に目で追った。
上に昇っていった名前が、等速で、画面外へと切れかかる。
行かないでくれ。その感情が、言葉にならない。
ふっ、と、自分の名前が消える。
真っ黒な画面は光を放つのを止めた。そして、静寂と闇が残った。
何も見えない。何も聞こえない。
静止された世界。
これが、この冷たさが、死か。
「さっっっっぶい人生やな。えぇ?! 君ぃ」
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