学校サボった日の空は
色音
1話
今日初めて電車を逃した。
寝坊でもないし体調の不具合でも何でもない。
わざとだ。わざと目の前で電車を泳がせ自分の視界からフェードアウトさせた。
友達には愚か、親にすら休むことは何も言っていない。
自分が乗るはずだった…電車が消えた駅のホームを数分間眺めそれはものすごく空疎で静かであり、それがすこし何とも言えない心に澄んだ面白さ奇妙さを感じさせた。ホームから出ていく会社に向かう人たちの流れを逆行し通常の規格にとらわれた人形のようにも見える。自分以外の人達が作る行進に逆らいながら駅の外に出た。
空は明るく空気がいつもより奇麗で休みの日に見る太陽や雲とは違い華があり、心なしか空気がおいしく感じる。
いや、美味しい。そして美しい。
何とも素晴らしい世界だろうか。
普段学校に囚われている自分。
鳥かごから見る外とは違い…力強く美しい。
この世界を共有し話し合うこともできやしない。
授業をまじめに受けている全世界の自分以外の学生に憐みの気持ちを向けて今僕は一歩踏み出し今日という”有給日”を迎えた。
まず、ハンバーガーチェーン店へ向かい期間限定のバーガーを食べ普段頼まないご褒美のシェイクを飲みながらスマホを弄り朝から学生服を着て外を眺めながら優雅に過ごしている。
小一時間程度滞在した後に店を出てカラオケへ向かう小学生以来のカラオケに戸惑いながらも入店することに成功した。
定員の人に怪しい目を向けられるかと思ったが、なんとも機械的な作業でこちらには大して目もくれずそっけなくやる気の欠片すら感じさせない脱力感がそこにはあった。そんな何も触れない定員に少しガッカリしながらそこで1時間半くらいの時間を潰し放課後によく立ち寄る楽器屋兼スタジオに寄った。
計3,4時間ほど時間を使いここで僕は気づきたくないことに気づいてしまった。
1人で家にも帰れないとなるとやれる事はさほど無いということに…。
老後の生活が毎日こんな感じになってしまうのかという偏見じみた妄想をしながらなんとなく市役所近くの公園に向かう。そこで優雅に受験勉強に洒落子んでいこうという魂胆だ。公園の東屋に足を運び池を挟んだ対岸の東屋になんとも形容のし難い艶やかさを持った女性が1人佇んでいる。
僕は慌てて座り机の上にわざとらしく勉強道具をひけらかした。
イヤホンを付けて一曲終わるごとにチラチラと女性がいる方を見てはバレるといけないのですぐに目を逸らす。
綺麗な…それこそ空のように透き通った目で温かく艶のある髪を持っていた。東屋から何かを眺む彼女はとても美しく僕の目という全ての世界と彩りを奪って行った。
こんな時、駅に多くいるちゃらけて気取っている奴らならどうするのだろうか。
声を掛けることなどはしないだろう。
ああ見えてあいつらは自分のことで精一杯で周りについて行って流されているいわば空疎な奴らだけだ。
「えっ…!」
そんなことを15回ほど繰り返して空が赤くざらめ色に染まり切る頃、彼女はとうとう席を立ち僕はついつい…何処までも届くような気持ち悪い声で叫んでしまう。
彼女はこちらを向き足を曲げて半立ち状態の僕と目が合うとしばらく(実際のところは5秒も無いが…)見つめ合い僕は急いで元の座った体勢に戻り彼女は僕のいる東屋を通り過ぎて何処かへ行ってしまう。彼女が通る道には花が咲き乱れ素敵な風が澄み切った空気を運ぶ。
もう二度と会う事はないのだろうか…。
後ろを振り返るももう彼女はいない。走ったのだろうか…。
声をかけていたらナンパらしくなってしまい好きになったと本音をそのまま伝えても正直なところ不審者にしかなれない。
何かをキッカケに話せる程度になり、それからすることを一目惚れでしかない街や公園、何処かで一目見ただけの人とは出来ないのだろうか。
そんな悔しい気持ちを覚えて僕は残りの1日をその公園で終えた。
「お帰りなさい」
「…ただいま」
家に帰ると何も知らない母親が声をかけて僕は返事をする。
「はぁ…」
自らの惚けたツラを鏡の前で見てはため息をつき側から見たらこれは自惚れているようなナルシストにしか見ない。
「あぁ…」
いつもより少し長くシャワーを浴びながら呻き声を母に聞こえない程度の声量であげる。
自分の部屋に戻っては机の上で勉強をしようとペンを持つが進む気がしない。
これは、恋というものだろうか。
いいや、わからない。
一目惚れはただ見た目に欲情しただけとも取れる。
話してみない事にはその人の内面的な事は欠片ほどしか理解は出来ない。
それでも僕は、今日分かろうとする努力を怠った。こんな僕に彼女を好きになり求める資格は取得できるのだろうか。
もし、もし本当に神様がいるならまた学校を休んだらまた合わせて欲しい。
今度こそ何かを伝えてみせる。
どうか、お願いします。
そんなことを願いながら眠りについた。
そして次の日。
僕は普段学校に向かう時間よりもかなり早く家を出て公園の東屋へ向かった。
しかし彼女はいなかった。
そんな日が気づけば1ヶ月と続いた。
そんなある日彼女は東屋から何を見ていたのか気になった。
そして、再び学校をサボった。
そして、一日中東屋に座った。
そして、見えたのは空だった。
3時間ほど座りそこを見ていた。
不思議な事に退屈な気持ちにはならなかった。なぜだろうか……1ヶ月前の彼女もこんな景色を見ていた。と言う不変的な事実を持ち込み共有感、一体感を味わえるからだろうか。特別綺麗とか特別な物が見えるからとかではない。何故か分からないがここから見る空は3時間ほど苦もなく見ることができたが、同時になんとも自分は寂しく侘しく悲しく不審な人なのだろう。彼女の何者でもなく。ましてや、こんなストーカー紛いなことをしてキモい考えを持ち…何をしているんだろう。
そんなことやあんなこと色々様々な考え事をしたりしなかったり気づけば1時間、また1時間と夕暮れになり僕は家に帰った。
次の月の同じ日に再び学校をサボって空を見た。
何もない。
それはわかってる。
でも、ふとした瞬間に見たくなる。
なぜだろうか。
わからない。
正直彼女のことは半分忘れていた。
なぜだか月に一度、学校をサボって空を見るのが習慣になった。
わけがわからない。
自分でもわからない。
でも、あの景色が…空が…頭の中やここでは表現できないくらいに美しく離れない。
自然に囲まれているわけでもない。
車の喧騒も…
人の歩く音も…
鳥の歌も…
木々のざわめきも…
噴水から池に流れる水のせせらぎも澄んだ空も、
その空を自由に泳ぐ鳥と雲も、
その東屋から見る景色と入ってくる情報は全ていつか聞いたことのある音でいつか見たことのある風景なのだが、とても新鮮味を持ち僕の耳を楽しませ、なによりも空は僕の世界をまとめてくれた。
「お前最近なんで定期的に学校休むの?」
「んー?空を見てるんだ」
「空ぁ?」
「うん。なんか、好きなんだ。上手く言えないけどね」
「鬱になりかけてんじゃね?無理すんなよ」
「ありがと。でも、大丈夫。そういうのじゃないんだ」
「なら良いけどよぉ」
友達と学校で会って話す。
それも僕を豊かにしてくれるが、あの東屋から見る景色とはまた違う。
受験を控えている高3生の僕がやるべき事ではない。
東屋で空を見ながら呆けるなどは特に。
それでも、月に一度東屋に通い続けた。
僕は気づけば大学生になり地元の国公立に通いながら月に一度通った。
「まだ通ってんのかよ…」
友達は今でも笑いながら僕に話しかけてくれる。
本当にいい奴だ。
「なんかね、なんでだろうね」
「本人に分からないのが怖ぇよ」
「ほんとだよね…」
僕は苦笑いしながら応じる。
もしかしたら__いやいや__________________________
学校をサボった日の彼女は彼に不思議な空をもたらしてくれた。
でも、その熱中した彼女のことは彼は殆ど覚えていない。
思い出せないしその事自体をあまり覚えていない。
そして、これから思い出す事も彼はないだろうね。
「あの、そこから見る空好きなんですか?」
「はい。不思議な気持ちにさせてくれて、なんだか分からないけど…好きです」
「私も…好きなんです。なんでかわからないけど…最近よく立ち寄るんです」
「そうなんですか?なら・・・一緒にみますか?」
いつか見たような懐かしいような不思議な女性の初めて聞く声。
当たり前だけど当たり前じゃないような…。
いやいや…前言撤回。
そして、これから年を取って思い出し真っ先にその女性に彼はこう言うだろうね。
”いつの日か…学校サボった日の空は……”
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