イライラしたらぶっ殺すマン

矢尾かおる

第1話


 遠藤はイライラするとすぐに人をぶっ殺してしまう怪人・イライラしたらぶっ殺すマンに変身してしまう。

 イラコロマンが殺した人数はもう両手の指には収まらず、その殆どが遠藤の友人や知人だった。

「……クソ、またやっちまった」

 小さな軽自動車の中は血まみれで、助手席側の窓は特に真っ赤に染まっていた。

 全く片付けるのが面倒だ。どうしてこんなところでイラコロマンに変身してしまったのだろうと、遠藤は深く後悔する。

 イラコロマンが持つ百八の必殺技の一つ、『イライラしたから頭ぶっ潰すわフィンガー』によって頭部が爆発四散した死体……まだ温かい友人の泉を、遠藤は車外へと蹴り出した。全く掃除のことを考えると、憂鬱で憂鬱で仕方なかった。

 泉の死因は勿論、遠藤をイラつかせた事だ。

 夜十時ごろに突然、特に用があるわけでもないがドンキに行きたいと言い出した泉はついさっきまで、車内で愚痴を垂れていた。

「ほんと今年は良いことねぇわ。世間も暗いニュースばっかだしさ、マジで終わってるよな世の中。今年はおみくじも良くなかったし、マジで運がわりぃ」

 泉は普段から思い込みの強いやつだった。

 自分がこうだと思った事に関し、それを裏付ける情報ばかりを無意識に集めまわり、あぁやっぱり俺が思った通りだやっぱりなと浅はかに思い込む、確証バイアスという言葉も知らぬ阿呆であった。

 しかし勿論、泉とは小学校からの幼馴染である遠藤は、彼が阿呆だという事など重々承知している。泉が多少愚かな事を言っても、それだけでイラコロマンに変身したりなどしない。

「……そんなに悪いニュースばっかでもねぇだろ」

 世の中嫌な事件ばかりなんて、そんなもんは全部泉の思い込みだ。3日連続でパチンコに行った結果15万も負けてしまった泉は、自分と同様世間も不幸であって欲しいと、ただそう願っているだけなのだ。

「じゃあ何か教えろよ、最近あった良いニュース」

「……アンガ山根がローカル番組の収録中に新種の昆虫発見したってニュースがあったな」

「……」

「まず山根っていうのがちょっとおもしれーよな、テレビだと田中しか見ねぇし」

 鼻で笑うような仕草をされても、イラコロマンはやって来なかった。泉が興味の無いだろう事を敢えて言ってやったのだから当然だろう。泉は生物や科学・男の芸人には興味を示さない

「いやそんなんよりさ、羽生くんが離婚したって言ってたじゃん? ほんと世の中やなニュースばっかだよなぁ」

 そんな事、アンガ山根が見つけた虫と同じくらいお前には関係無いだろう。スケートなんか見たこともない癖に。

 少しだけイラコロマンの気配がしたが、今の泉はを求めているのだろうと、遠藤は自分に言い聞かせた。

 泉は近頃、彼女と上手くいっていないのだ。……いやそれは正確に言うと泉の交際相手などではなく、『彼女』というのも烏滸がましい相手ではあるのだが、泉が一方的に『彼女』と呼んでいるものだから、遠藤の頭にもそれで刷り込まれてしまった。

 泉の彼女は、おっぱいパブで働いている。

 泉の彼女の話を聞く度に、遠藤は苛立ってしまう。

「どんな子って? ……すっげぇ馬鹿なんだよな。真面目な話してんのにさ、『今日の靴かわいいねぇ』とか言い出すんだよ。やべーだろ?」

 それは泉の話に興味がねぇだけだと思う。

「どこが好きって言われてもなぁ。……やっぱ顔かなぁ」

 泉は重度の面食いだ。いやというよりも、見た目至上主義者と言った方が良いかも知れない。

 ブス・デブ・ちんちくりん・キモいなどの言葉を使って他人を中傷し、そう言った者に対しては露骨に見下した態度を取りがち。

 一転美人に対する憧れは強く、神聖視していると言っても過言ではない。思い込みが強いせいだろう。顔の良し悪しこそがこの世で最も重大事であると、泉はそう思い込んでいる節がある。

「早く付き合ってお前に自慢したいよ、マジで美人だからさ」

 普段から良く感じる泉の劣等感。その全てが集約されている一言だったと思う。

 誰と付き合っていようが、泉自身の価値は上がりも下がりもしないのに。新垣結衣が結婚した時に「なんでよりによってあんなブサイクと結婚すんだよ!」とブチギレていた泉の事を、遠藤は未だに良く覚えている。


「泉、お前騙されてるぞ。夜の仕事辞めたら付き合おうって、そんなもんあいつらの常套手段だろうよ」

「お前に何が分かんだよ、風俗行ったこともねぇくせに」

 近頃良く耳にしていた泉の『彼女』がおっパブ嬢で、泉がその客だと知った夜。遠藤は思わずそう言ってしまった。

 まさか風俗通いなんかでマウントを取られるなんて思ってもいなかったから少しだけ面食らったが、すぐに反論する。イラコロマンの足音がしていた。

「冷静に考えておかしいだろ。貯金ゼロでソシャゲ中毒でアニオタでパチンカスの客に、風俗の女が惚れるなんて」

「そんなもん人それぞれだし、おめぇには関係ねぇし」

「そもそもお前、その女のどこが好きなんだよ」

「顔かなぁ、やっぱ」

「浅すぎんだよ、理由。……そもそも普通じゃねぇだろ、良い年した男と女が家の近く歩くだけのデートだとか、店の外じゃ一時間くらいしか会えねぇなんて」

「あの子ちょっと馬鹿なんだって! 馬鹿だから急に出勤頼まれても断れねぇし、そのせいでいつも疲れてるからあんまり返事もくれないだけなんだって! ほんと俺がいくら言ってやっても聞かねぇんだよ、あの馬鹿!」

「バカバカって、普通好きな女にそんな事言わねぇよ。なんでそんなに相手のこと見下してんだよ。自分の都合の良いように相手を解釈しすぎだ、馬鹿野郎」

「そんなん仕方ねぇだろ!! ……そう思わねぇと、12月まで耐えられねんだもん」

「……」

 泉が俯き唇を噛んだのを見て、もうすぐ真後ろまで来ていたイラコロマンの気配は不意に消えた。

「……お前が鬱になったの、その女の店に通い始めてからだろ。どう考えても原因、それだろ」

 今年の夏頃から、泉は精神科と皮膚科に通い始めた。

 泉は半年前から鬱を発症し、全身ストレス性の湿疹だらけだ。ぶっ壊れてしまった泉の心身は、いまのとこ治る気配がない。

 遠藤はその原因が、考えるまでもなく例の『彼女』のせいだと思っていた。

「……お前にはわかんねぇよ。俺だってこんな可愛い子が俺なんか好きになるはず無いって、何回も疑って、だけど大丈夫そうだから付き合うことにしたんだよ。俺はもう彼女に婚姻届も渡してるし、今の仕事辞めたら近くに引っ越してもらおうと思ってんだ。本気なんだよ、お互いに」

「だけど、実際にはまだ付き合ってもないんだろ」

「元カレがDV男だったから男性恐怖症なんだよ!! それでも俺の事真剣に考えてくれて、今の仕事辞めたらちゃんと付き合いたいって言ってくれてんだよ!」

「好きな男がメンタルボロボロになってんのに週一でしか会ってくれない女、いねぇだろ。いくら忙しくてもよ」

「だから!! あの子ちょっと変わってるだけなんだって!! 分かったような事ばっかいってんじゃねぇよ、クソ……!」

 鬱になってからより一層思い込みが強くなってしまった泉に何を言っても無駄な事は分かっていた。なのにまた泉を追い詰めるような事を言ってしまったもんだから、自分は中々最低だと、遠藤はそれなりに後悔した。

「分かったよ。……でもお前がなんて言おうと、俺はお前の事をそんだけボロボロにしてるクソ女の事、好きにはなれない」

「……」

「その女、12月いっぱいで仕事やめるんだろ。もしそれを一日でも伸ばすって言い出したら、もう諦めろ」

「分かってるよ、そんな事、流石に」

「何があっても、親が死んだって言われてもだぞ」

「……うん」

「嫌なことばっか言って悪かった。……仲直りにセブンのコーヒー飲もうぜ」

「……お前冬でもアイスコーヒーばっか飲んでんの、マジで頭おかしいって皆が言ってんぞ」

 コンビニの駐車場でコーヒーを飲みながら、上手くいきゃ一番良いけどなって話をしたのが、確か一ヶ月前の十一月頃だった。

 その時より随分と寒くなってきた十二月の半ば。

 夜中十時に用もなくドンキへ行こうと言い出した泉は車の助手席で、いつも通りに確証バイアス強めの発言を繰り返していたが、不意に遠藤にこう言った。

「……あぁそういや、彼女やっぱまだ仕事辞めないって。だりぃけどもうちょい待ってみることにするわ」

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イライラしたらぶっ殺すマン 矢尾かおる @tip-tune-8bit

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