第7話 意外な場所での思わぬ遭遇

 「気が付いたかね、この馬鹿弟子が。」

 私が目覚めると、そこは学園内だった。

 正門を潜り抜け、大講堂へとつながる大きな石畳の道を荷車に乗せられ、運ばれている。


 着替えさせられたのか私の恰好は黒いローブの制服になっており、また逃走を警戒されているのか縄でぐるぐる巻きにされていた。

 脱出しようともがいてみるが、縄に強化術式がかけられているのか身動きが取れない。というかそもそも、体中が痛い。


 そして授業が終わったばかりなのだろう。

 周囲には、出歩く生徒がかなりの数いて、何事かとこちらを眺めては距離をとっていく。

 恥だ…いや自業自得なのだが。


 「弁明があるなら聞いてやるわい。」と師匠は荷車を引きながらぶっきらぼうに口を開く。心中穏やかでないのかどことなく口調が荒っぽい。

 「経緯はともかく、なんで、二週間も授業へこなかったんじゃい?」


 理由も何も…。

 「指導教官のユグラシル先生に外で働く許可をもらったからです。」


 フェルマータ魔術学院には、生徒の日常生活を監督する寮監とは別に、勉学環境を整える担当教官が設定されている。

 つまり、その三回生以下の担当教官ユグラシル教授が許可すれば授業に一切出ずに、永遠と労働に励むこともできるのである。


 「それにしても限度があるじゃろ。」と師匠はこちらを睨みつけて激を飛ばす。

 「一度も私の授業に出席せんとはどういうことか!怒りよりびっくりしたわ!」


 この学院は一科目週二、前期後期二セメスター制度をとっている。

 単科生である私は『身体学』の授業にしか出る資格はないが、それでも計五回欠席しており、既にセメスターの八分の一を失っていることとなる。


 またその実、ユグラシル先生も『学生の本業は勉学であり労働は学生には不要』という古い考えを持っており、二回目の欠席と三日目の学外労働を告げる際に、彼女には強い拒絶をいただいた。

 もっとも、とある特殊な対応でそれを解決したのであるが。


 それは、

 「しかし大叔母様の甘味ジャンキー癖にも呆れたもんだわ。」


 パンプキンスイーツプレゼント作戦である。


 この学院は学寮ごとに調理施設が解放されている。

 そのため、私は建設現場と闘技場での仕事がない早朝の時間に、ユグラシル先生の好きなパンプキンベースにはちみつを使い、果物を盛り込んだスイーツをこしらえ、毎晩毎晩品を変え、レシピを変え秘密裏に配送していたのである。


 しかし、回数を経るにつれユグラシル先生も味をしめたのか、今日抜け出す許可をもらうときは、千を超える数を要求され、非常に準備が大変だった。


 「ただ、君どうやって、気づいたん?あの癖に。身内でも私ぐらいしか知らないはずなんだが。そもそも叔母様、気分で好きなものを変える偏食家じゃし。」

 「偶然です。」とそっぽ向いて答えて置く。


 訝し気な視線を投げかけてくる師匠だが、そう睨んでも理由には気づくはずもない。


 答えは単純、前世の知識だ。


 ユグラシル・アーノルド先生はかつて、オリデンス神聖帝国指導教官を務めていた偉人である。神学と自然学を混ぜた混成術式の第一人者である彼女は、聖典を基礎とする神聖帝国の教義とも相性がよく、父も兄も弟も我々一族お世話になっていたのである。


 特に私は彼女に十年も教えを受けており、さらに言えば、甘味の世界を教えたのは私である。彼女の好みなど手に取るようにわかるのだ。

 …もっとも再会したての時は全く思い出せなかったのだが。


 「とにかく、今後は課外労働禁止な。」と彼女は取り付く島もあたえぬように言い放つ。

 「私がよしというまで、学院外への移動も禁止。『身体学』には絶対出席!闘技場も禁止!おっさんには話付けといたから!まったく『闘技場近くにフェルマータ学院の制服を来た学生さん出入りしてますよ』と報告もらえてなかったら、探し出せなかったよ、多分っ!」


 『なるほどですね。』と適当な返事をすると『何が『なるほど』だよ!』と怒られた。


 まあ、しかし、驚いた。

 ものの成り行きで弟子になった私を彼女がここまで、心配してくれるとは。

 私は強面のおっさんの指示に従い、制服ではなく私服で闘技場へ出入りしていたので、結果としては、誰かさんのとばっちりを受けた形になる。しかし、彼女をここまで不安にさせてしまったのならば、早いうちに見つかってよかったのかもしれない。

 流石に、命の恩人に黙って母国に帰るのも仁義に反するだろう。


 ……。


 ひょっとすると、あのおっさんの言葉は師匠との興行試合だけじゃなく、荒事に巻き込んだ謝罪も入ってたのか?ぶん殴ってまで連れ戻そうとする師匠ならば、あの大男に面と向かって、文句の一つでも言っている可能性が非常に高い。


 それにしても、話ぶり的に、後始末は師匠がしてくれたようだし、金貨の大半も寝具下にしまってある。祖国への路銀集めは、ほとぼりが冷めてから続きとしよう。


 などとぼーっと考えていたのが、全ての間違いだった。

 その刹那、まさに私の目の前を、思いもよらない人物が、優雅にそしてたおやかに、横切って行ったのだ。


 『師匠。』と私が話しかけると、『もぅ何ぃ?』とビャクレン師匠はいつもの口調ながらも相変わらず不機嫌そうな声を出してくる。

 「学寮に着いたら私の研究室でみっちり説教だからねぇ。反省するまで本当に許さないよ!心配かけさせてぇ…大体、君は私に命を救われたっていう自覚が―」

 「はいっ説教は受けます!でも、ちょっとあの白髪少女を追っていただきたくっ!」


 「ええ゛っ?」と素っ頓狂な声を上げる師匠。

 「ちょっと言う事欠いて、女の子?それはないでしょ、君…。もー、絶対許さない。」

 「お願いです、師匠。肩もみます!!!!」

 「はーい、命乞いは後で聞きまーす!」


 そうビャクレン師匠は一喝入れると、なおもわめく私に嫌気がさしたのか、とうとう荷車に遮音結界を張って、すたすたと学寮へと私を荷車ごと引きづっていってしまった。


 私はせめてもの抵抗にどうにかもがいて、遠ざかっていく彼女を視界に焼き付けた。


 柔らかにウェーブする初雪のような白髪に、育ちの良さが現れる凛とした顔つき。

オリデンス神聖帝国で二つとない淡く輝く青輝玉の髪飾りと神位の保護の証である後光を身に着け、星空を閉じ込めたように光り輝く大きな目が特徴的な、黒いローブに胸元には金細工のブローチをつけた、身内目としても完璧に映る美少女。


 間違いない、あれは妹。


 惚けた面をさらしていた私の前を可憐に通り過ぎた少女は、なんで祖国から遠く離れたこの学院にいるのかは知らないが、おそらくきっと、この異国イタヴォルで唯一『一族に殺され、転生者に乗っ取られた』私の顛末を知っているはずの親愛なる我が妹だったのだ。


◆◆◆コメント◆◆◆


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