一章②学徒衝杖
第6話 路銀を求めて学外へ
「勝者ぁ!チャンピオン『リアン・ヴェータス』!」
砂地の円形リングにレフェリーのコールが鳴り響く。
リングの周りには取り囲むように金網が設置されており、薄黄色照明の薄暗い室内のなかで、一際強い光に照らされ、キラキラと輝いていた。
部屋は賭けの勝敗に一喜一憂するおびただしい数の観戦者たちの騒めきに溢れていたが、勝者である彼が金網越しにリングの中から観戦席をゆっくり一瞥すると、その全てをかき消すように、彼へ野太い大歓声が次々に送られる。
「やってくれると思ったぜぇっ!」「これで四十戦負けなし!俺も負けなしだぁ!」「もう、抱いてぇ!」
目立つのは柄ではないし、対戦相手への敬意にも欠ける。
おまけに『リアン・ヴェータス』は偽名であり、私が従う義理もないのだが仕方ない。
などと考えつつ、戦いの勝者である私が歓声にこぶしを突き上げ応えると、場内はより一層盛り上がりを見せていった。
「流石です、坊ちゃん。」
と大歓声の中、闘技場の入退場口から出る私を、大男が両手を広げて出迎えてくれる。
スキンヘッドに黒の眼帯。おまけに眼帯裏には縦方向への大きな斬傷痕。誰がどう見ても一般市民には思えず、明らかに裏路地とかでヤンチャな輩をまとめてそうな、そんな雰囲気の男だった。
「互いにな...それで、トータルいくつになった?」
「八千二百。イタヴォル金貨一万まで後二千弱ですわ。」
彼の返答に頷きながら、差し出してきたドリンクボトルを受け取り、喉へ水分を流し込む。
柑橘系の風味に僅かな塩味。乾ききっていた身体に甘さが染みる。
うむ。おいしい。
前世でも愛飲していたこの味はどこに行っても変わらないのだな。
などと思いに浸りながら、私は金網越しに次の試合をぼんやりと眺める。
さて、ここはイタヴォル首都フェルマータ。
学院から川を挟んだバラック街を抜けた裏路地にある、賭け試合専門のマータ闘技場。私はここで闘士としてのキャリアを積み、二週間弱で四十戦無敗の王者へ上り詰めている。
一体どうしてこうなったのかって?
決まっている。
全て、祖国オリデンス神聖帝国へ帰国するための金策である。
◆◆◆
「坊ちゃん、痛い目逢いたくなけりゃ、金出しな。」
始まりは路地裏でなげかけられた、そんな怒号だったと記憶している。
当時の私は暴力なんかに手を染める気もなくて、路銀をどうにか集めるために、建築作業現場へ通い詰めていた。
旅費は学割を利かせても金貨一万、それに対し稼ぎは三日間で金貨五枚。
あまりの効率の悪さに焦りを隠せず、私は少しでも稼ぎの良い現場を渡り歩いていて、その日は警邏の眼の届きにくい、お世辞にも治安のよい場所とは言えない貧困街の現場にいた。
後で知ったが、その場所は、ギャングの縄張りのど真ん中で、翼と角が生えている容貌でも、私のように百六十センチそこらの若造はカモにしか見られていなかったようだった。
「どうした、怖くて返事もできねえっ、ぶぎゃっ!」
その荒くれ者共は不幸としか言えない。
あの時の私は、報酬である金貨五枚を抱えて、殺気立っており、言葉より先に足が出てしまったのだ。そして気を取り戻した時には、私は十人ほどの荒くれ者をのしてしまっていた。
『冷たい路地裏で誰かが倒れている。』
罪悪感から、そう警邏に書き残し、私は足早に帰寮した。
「坊ちゃん、賭け事には興味はないかい?」
翌日、建築現場に出勤した私に声をかけてきたのは、ガタイの良い大男だった。
その闘技場は紹介制で、出場できるのは名の知れた人物だけ。
法外な金額がかけられ、人間ならば種族、出自も問われない。
ようはルール無用の闘技場であり、それ故今や無法者共の巣窟になっており、その男はその無法者共を捉えたいらしかった。
賞金はすべて私に、倒した相手の身柄はその男に。
そう契約を交わし、無法者共を拳一つでなぎ倒し、気が付いたらチャンピオンになっていたのだ。
◆◆◆
「次は興行試合だ。」
椅子に背を預け、体力を回復させていると、横からその大男が話しかけてくる。
彼はセコンド的な立ち周りもしてくれており、今回も試合予定について報告してくれている。
ちなみに、興行試合っていうのは、掛け金なしの試合のことである。
公式の記録には残らないにしても、敗北の危険性しかない王者にとって実りの弱い闘いなのだが、競技的側面の強い興行試合は意外と人気だったりする。闘技場の盛況のためにも、貢献しておく価値はあるだろう。
そう思いながら、椅子から立ち上がる私であったが、彼は私の両肩をつかみ、おもむろに頭を下げてくる。
「最初に謝っておく。すまねぇ。許してくれ。」
何がすまないのだろうか?
ひょっとして、興行試合を組んだことを気にしているのか?
闘技場関係の人間と円滑な関係を築くのは稼ぎのためには必要だと教えてくれたのは彼である。正体がバレないように髪を白に染める助言をしてくれたり、ここまでもめ事なく、金貨を貯められたのはあなたのおかげだ。
誇ることすらすれ、気にすることは何もない。
「いや、マジですまねぇ。」
首をかしげる私を前に頭をひたすら下げてくる男を気にしつつ、私は彼の手を優しくほどき、入場の鐘に従い、再度リングへ足を運んだ。
休息をとったおかげか、身体が軽い。
魔族バレが怖いため、魔術は行使できないが、まさに最高のコンディションだ。
「楽しませてくれよぉ!!」「チャンピオーンッ!」
と歓声を送ってくれる観客たちに両手を上げて答えながら、私は目の前の試合に集中することにした。
彼が何を謝っているのかは知らない。
が、とにかく勝って、そのあとに話を聞けばいい話だ。
と思っている間に対戦相手も金網を潜り抜け、リングへ足を踏み入れてきた。
「頑張れ―――!」
という声援を聞こえていないのか、相手は両腕をだらんと、下げると、こちらをジッと射殺さんばかりに睨みつけてくる。正体はわからない。
身体を覆い隠す外套をかぶっているためわかりにくいが、おそらく女性だろう。
もっと言えば、この場に相応しくないぐらい若く、健康的な体格をしている。
気迫も一流。間違いなく強敵だ。
「お前を殺す。ぶっ殺す。」
慣例として試合開始に先立ち握手をすることになっているのだが、その少女はこのようなことを口走ってきた。
唐突な暴言に虚をつかれたが、私は笑って言葉を返す。
「いい試合にしよう。」
彼女は私の言葉には一言も返さず、再び両腕をだらんと下げて、こちらをにらんできた。
何やら不気味な女性である。
ちなみに、この闘技場。稼ぎを最大化するために、殺しは禁止されている。
そのため先程の発言は、それぐらいの意気込みということなのだろうが、態度と声色を考えるに、本気で考えていそうで怖い。念のため、警戒は最大限することにする。
しかし、それにしても、あの声どこかで聞いたことがあるような。気のせいか。
『試合開始っ!』の声と共に、私は脚部に力を入れ、体勢を低くし、迷いを拭い去るように女性の方へ突進をする。
何やら得体のしれない敵と戦うならば。先手必勝、これに限る。
距離三十。二十。そして十。
ここまで来ても相手に動きはなさそうなので、左腕に意識を向け、ジャブの準備を進め――
「この、馬鹿弟子がぁ!!!!!!」
と目の前の少女は突如絶叫し、フードを脱ぎ捨て、同じくこちらに突進を仕掛けてきた。
その姿を見て私は一瞬思考が止まった。
目じりの上がったアーモンド形の紫の眼。
豊かな金髪は後ろで束ねられており、口元には特徴的な八重歯。
おまけに、その紫に染まった瞳には見覚えのある神印が浮かんでいる。
黒のノースリーブスに短パンの、機動力特化のヘソだし服。
髪型と格好こそいつもと違うが間違いない。
師匠だ。
まずい、逃げよう。
そう思った私は両翼も使いつつ、小さな跳躍をいれ勢いを殺す。
そのまま、反転、宙返りして距離を取ろうとしたが、その動きは読んでいたとばかりに、彼女に右足をつかまれ、そのままの勢いで背中から叩き落され、瞬間強制的に身体から空気が吐き出される。
身体の下敷きになった翼が痛い。
「往生せいやぁ!!」
チカチカ揺れる視界をどうにか整えようとしているうちに、馬乗り状態で渾身の左ストレートを顔面に、そのあと右フックをレバーに叩き込まれた私は、そのまま意識を失った。
◆◆◆コメント◆◆◆
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