第102話.翌朝と探索①
どのくらい寝ていたのだろう。
周囲のざわつきに、マリベルは目を覚ました。ふとベッドを見れば、イザベラはまだ静かな寝息を立てている。
幕舎の布越しに外の光が入り、幕舎の中は少し明るくなっていた。
どうやら夜が明けているらしい。
マリベルは小さくあくびをすると、幕舎の外へと向かった。
夜が明けて空は明るくなっているが、周囲を断崖絶壁に囲まれているこの地は、まだ太陽の光が直接届かない。
そのため、どこか薄暗い朝となっていた。
幕舎が建てられていたのは、洞窟の出口から斜面を下った平地だった。
洞窟の出口からは、絶壁沿いにゆるやかな斜面が伸びていて、ここよりも10メートルくらい高い位置にある。
マリベルは、周囲をよく見渡そうと洞窟の出口に向かって、斜面を登って行った。
途中、何人かの騎士とすれ違ったが、特にマリベルの行動を咎めてくる者はいなかった。
ただ、少し離れた位置からマリベルを監視している騎士の視線は感じている。もし、逃げようとしたら捕まってしまうだろう。
もう逃げるつもりはないマリベルは、騎士の監視を無視して斜面を進む。
洞窟の出口まで登ると、洞窟を背に辺りを見まわす。
夜の影が取り払われたそこは、昨夜とはまた違った印象をマリベルに与えた。刈り取り前の麦の穂は、ずっしりと重いのか、こうべを垂れている。
昨日は気付かなかったが、麦畑の向こうには野菜畑も並んでいて、青々と良く育った野菜が実っているのが見えた。
土壌がいいのかもしれない。
麦や野菜だけでなく右手に見える森も、緑の葉が生い茂り競うように上へと枝葉を伸ばしている。断崖絶壁に囲まれているせいで日当たりは悪いはずなのに、植物の育ちがいいのに少し違和感を覚えた。
「うーん」
そんなことを気にしながらも、マリベルは朝の空気を思いっきり吸い込んで、伸びをした。
「マリー、起きてたのかい?」
「ひゃぁ」
いきなりかけられた声に驚いて振り向くと、いつの間に来たのかすぐ後ろにセシルが立っていた。
「もう、びっくりした。いきなり後ろから声かけないでよ」
「ご、ごめん……」
マリベルの剣幕に、セシルは小さくなって頭を下げる。
「あ、ごめんね。ちょっとびっくりしただけだから」
セシルの反応を見て、今度はマリベルが謝る。
思わず強く言ってしまったことに自分でも驚いていた。思っていたよりもルイスとティトがいないことに不安を感じているのかもしれない。
「ねぇ、セシル。私たちって、パナケア王国の生き残りなんだって」
セシルは、ふるふると首を横に振った。
「それでね、ここがパナケア王国みたいなの。私たちのご先祖様は、ここで暮らしていたそうよ」
「そうなんだね。パナケア王国の話は、小さい頃にじいちゃんから何度か聞いたことがあったけど、ずっとお
「あ、それ、私もおばあちゃんから聞いたことあるかも」
マリベルとセシルは、並んで遠くを見ている。
「まさか、あれが本当の話だったなんて」
どちらともなく、そう言って二人は顔を合わせて、小さく微笑んだ。
「僕たちは、この後どうなっちゃうんだろう?」
しばらく遠くを見ていたセシルだが、不意に不安そうな顔をした。
黒ローブの薬師との出会いから始まって、イザベラ達に捕まったり、やっとマリベルに会えたと思ったら、パナケア王国を探す旅に同行したりと、病弱で村からほとんど出たことがなかった彼にとっては、かなり濃密な日々だっただろう。
そんなセシルにとっては、今の状況はさぞかし不安なのだろうと、隣に立つマリベルはそう思った。
「うーん。たぶんなんだけど、パナケアの泉を見つけて、不老長寿の秘密を解き明かせたら、イザベラさんは解放してくれるんじゃないかな。ルイスもそう言ってたし」
「ルイスって、まだ、あいつの言うことを信じているのか? やつらの罠にはまって脱落したやつらの言うことなんて、信じられるわけないじゃないか」
ルイスの名前を聞いた途端にセシルの目の色が変わった。血走って、するどい目付きで、苦しそうな顔をして、セシルはマリベルに詰め寄る。
急に態度が変わったセシルに困惑しながらマリベルは言葉を続ける。
「信じられるよ。ルイスもティトも何度も私を助けてくれたし、きっと今も、すぐ近くまで来てるはずよ」
そんなマリベルの言葉に、セシルは強く唇を噛んで悔しそうな顔をした。それと同時にセシルの胸元で、黒い宝石が怪しい光を放つ。
マリベルはその光に不安を覚え黙ってしまう。
セシルとマリベルの間に気まずい空気が流れる。その気まずい空気をやぶったのは、マリベルを迎えに来た騎士の一人だった。
どうやら朝食の準備が出来たらしい。
マリベルは、少しだけほっとして、迎えに来た騎士に従って幕舎のほうへと降りていった。
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🔸セシルの黒い宝石、気になりますね。
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