第101話.イザベラ②

「どう? これが私の不老長寿を求める理由よ。答えになっていたかしら?」


 マリベルは、イザベラの言葉を噛み締めるように頷いた後、顔をあげてイザベラの目をまっすぐに見返した。


「イザベラさんは、周りの皆さんからの好意を失うのが怖いんですね? でも、歳をとったからって、変わったりするでしょうか? ヘルムートさんは会ったことがないから分からないけど、バルドゥルさんもトビアスさんも、それから騎士の皆さんも、イザベラさんのこと、すごく慕っているみたいですし、それくらいじゃ心変わりはしないんじゃないですか?」


 ジリンガムの街からここまでの数日間、イザベラたちと行動を共にして、彼女らの様子を見て来た。

 驚いたのは、バルドゥルやトビアスをはじめ、周囲の騎士たちのイザベラへの態度だった。

 全員の慕い方が尋常じゃない。

 イザベラの容姿に惹かれたくらいでは説明がつかないほど慕っているように見えたし、忠誠心に溢れていた。


 イザベラはイザベラで、尊大な態度をとったり我儘を言ったりすることもなかった。むしろ、騎士たちに迷惑をかけないように気を付けていたり、騎士たちを気遣ったりしていることが多かった。

 先ほども、騎士たちの疲労を気遣って休憩を命じたようにマリベルには思えた。


 もっと、我儘で傲慢な女性だと思っていたのに。

 それがマリベルには意外だった。ただ、そう考えれば騎士たちの態度にも腑に落ちる。だから、マリベルにはイザベラが容姿だけの人には見えないかったのだ。


「そんなはずはないわ。あなたはまだ若いから分からないのよ。男なんて、若くて綺麗な女性が現れれば、すぐにそっちに靡いてしまうものよ。ルイスとティトでしたっけ? あの二人があなたを助けているのだって、あなたが可愛くて魅力的だからよ。あと10年もすれば、あなたより若いのほうに行ってしまうかもしれないわよ」


「そんなこと、ありません。ティトも、ルイスだって、そんな理由で助けてくれているわけじゃないんです」

「あら、そうかしら? あなたが、皺だらけのおばちゃんだったとしても、あの二人は助けてくれたかしら?」


 そう言われて、マリベルは反論できなかった。

 そこまでの自信が無かったのだ。


「ほら見なさい。男なんて、そんなものよ」


 イザベラはそう言うが、その目は少しだけ憂いを帯びていた。


「そうだわ。パナケアの泉が見つかったら、あなたにも不老長寿の効果を分けてあげられるかもしれないわね」


「そう……ですか。ありがとうございます」


 イザベラの思いつきに、しかしマリベルは、心ここにあらずといった風に、曖昧に返事をした。


 先ほどのイザベラとの話、そして、目的の場所が目の前になったことで、ルイスとティトのことが気になってしまったのだ。

 ルイスとティトは、マリベルが狙われているから一緒に行動してくれていたのだ。でも、パナケアの泉が見つかって、狙われる理由が無くなったら。

 あの二人は、どこかに行ってしまうのだろうか?


 いま、そばにいないことも相まって、マリベルの心に寂しさがよぎる。マリベルは無意識に、ティトからもらった双子石の指輪に右手を重ねていた。




「ねぇ、その大事そうに触っている指輪。誰から貰ったの?」


 マリベルはびくりと肩を震わせた。

 なんとなく、恥ずかしさが込み上げてきて、マリベルは頬を染める。


 マリベルが黙っていると、再びイザベラが興味深そうにのぞき込んで来る。そして、意味ありげにニヤリと笑った。


「ふふふ、どうせあの二人のうちのどちらかなんでしょう。逃がさないように、しっかり女の魅力を磨かなきゃダメよ」

「女の魅力……、ですか?」

「そう、女の魅力。綺麗な服で着飾って、お化粧もして、色気もみにつけるの。時には、男を頼って、男をたてて……ね」


 そう言って、イザベラはマリベルに妖艶な微笑みを向ける。マリベルは、ますます頬を染めてしまう。


「私とティトは、そんなんじゃありません!」

「ティト。そう、あの背の高いほうね。まだちょっと幼いけど、魔法道具の扱いや知識にも長けているみたいだし、将来も有望かもしれないわね。頑張りなさい」


 真っ赤な顔で否定するマリベルに、イザベラは少しだけ優しそうな表情かおをする。


「だから、私とティトは、そんな関係じゃありません」


 必死に否定するマリベルに、イザベラは少しだけ、意地悪な目をして。


「あら、そう? じゃ、私が彼を誘惑しちゃおうかしら?」


 イザベラは、真っ赤な舌でゆっくりと唇を舐めると、色香が漏れ出しそうな視線を向ける。


「ダメ! ダメです」


 マリベルは慌てて、そう声をあげていた。


「ふふふ、大丈夫よ。あなたから、あの子たちを取ったりしないわ」


 イザベラは、満足そうにそう言うと、小さくあくびをした。


「さあ、そろそろ休みましょう。あなたも、少しでも寝ておいたほうがいいわよ」


 そう言い残すと、イザベラは簡易ベッドに横になる。

 残されたマリベルは、しばらく茫然としていたが、やがて、侍女から毛布を受け取ると幕舎の隅の方で毛布にくるまった。



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 🔸マリベル、イザベラに揶揄われた?

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