第53話.マリベルの故郷⑧

「なあ、ばあさん。ちょっと聞きてぇことがあるんだが、いいか?」

「はい。もちろんでございます」


 ディアナはルイスのほうに向きなおって、丁寧に頭を下げた。


「ばあさんは、パナケア伝説って聞いたことがあるか?」

「……いいえ、ありません」


 ルイスの質問に、ディアナは少しだけ眉をしかめた後に首を横に振った。


「じゃあ、パナケア王国とか不老長寿の薬とかの噂は?」


 これにも、ディアナは知らないと首を横に振る。


「そうか。じゃあ、これが最後の質問だが、パナケアの杖以外にも、パナケアの秘宝と呼ばれるものがあるのは知っているか?」

「はい。それは存じております。パナケアの3つの秘宝。パナケアの杖、パナケアの薬箱、パナケアの首飾りのことでございますね」


 これは知っていたらしく、ディアナはよどみなく答える。


「もともと、3つの秘宝はすべてこの村にあったのです。杖はテラピア家、薬箱はファルマ家、そして首飾りはコリエ家がそれぞれ所持しておりました。それが、30年ほど前でしょうか。ファルマ家とコリエ家が村を出て行ってしまい、残るのは我がテラピア家のパナケアの杖のみになってしまったのです」


 淡々と語るディアナの話を、ルイスは腕を組んで聞いていた。


「なるほどな。もともと3つとも揃っていたのか……。なあ、ばあさん。そのファルマ家とコリエ家の連中が、いまどこにいるか知っているか?」

「ファルマ家は、セルジーニの街に家を構えていたはずです。ここのところ交流は減っておりますが、完全に途絶えたわけではありません。まだセルジーニの街にいるはずです」

「ほぉ。上等だ」


 ルイスは口の端をあげて不敵な笑みを浮かべる。


「もう一つの家。首飾りのコリエ家は?」

「以前は、ファルマ家と同じでセルジーニに住んでいたはずです。ですが、ずいぶん前にセルジーニの街を出たと聞いています。残念ながら、それ以降の行方は分かりません。もしかしたら、ファルマ家の者が何か知っているかもしれませんが……」

「そっか、だいたい分かった。ありがとよ、ばあさん」


 ルイスは、ディアナに礼を言うと、また腕を組んだまま自分の考えにふけってしまう。そんなルイスをディアナは不安そうな目で見つめた。


「あの、パナケアの秘宝がなにか?」


 思わず、ディアナはそう口にしていた。ルイスは思考の海から浮上するとディアナへと視線を向ける。


「いや、敵の狙い……マリベルと杖を奪った奴らの目的なんだが、パナケア伝説とやらにある『不老長寿の秘密』ってやつらしいんだ。そして、それに繋がる鍵がパナケアの3つの秘宝らしい」


 ディアナは目を大きく見開いて、ルイスの言葉に耳を傾ける。

 ディアナに倣って、ティトもマリベルもルイスを見つめながら、その先を待った。とはいえ、ティトとマリベルは、ジリンガムから村に来る道中でこの話を聞いて知っていた。

 だから、ルイスが言おうとしていることは、なんとなく分かっている。



「マリベルも杖も、一度は取り返したとは言え、それで奴らが諦めてくれるとは思えねぇ。奴らが目的を果たすまで、これから何度でも狙われる可能性がある。もし、『不老長寿の秘密』ってやらを奴らに渡すことが出来るなら、そのほうが良いんじゃないかと思ってな」


「そうでしたか。そこまで考えてくださって、ありがたいことです。しかし、申し訳ありません。パナケア伝説も『不老長寿の秘密』のことも心当たりはありません」


 ディアナは、改めてルイスに深く頭を下げる。しかし、ルイスは、それには目を向けず再び腕を組んで考え込んでいる。

 そんなルイスを見ていたティトが、ハッとした顔で口を開いた。


「そうだ! 兄さん。僕たちが、その『不老長寿の秘密』っていうのを解き明かせばいいんじゃないんですか? ちょうど、3つの秘宝のうち2つはこちらにあるわけですし、3つ目のパナケアの首飾りさえ見つければ……。兄さんなら、『不老長寿の秘密』とやらも簡単に解き明かせるんじゃないんですか?」


 いいことを思いついた子供のような顔をして、キラキラした目でルイスを見つめるティトに、ルイスは一つ深いため息をつく。


「はぁ、おまえなぁ。そう簡単に秘密が解けるなら、この村の連中がとっくに秘密を解き明かしているはずだろ」

「そんな……、でも兄さんなら……」


 ティトの耳と尻尾が、悲しそうに下を向く。


「ゴホン……しかし、まあ、ティトの言う通りそれしかないかな。それに、パナケアの首飾りだけでも見つかれば交渉材料にはなるだろう。まずは、セルジーニの街に住むファルマ家ってのを訪ねて見るか」

「はい!」


 ルイスが慌ててそう言うと、ティトは尻尾を立てて元気に返事をした。


「言っとくけど、そう簡単に『不老長寿の秘密』なんて、解けないからな」


 苦い顔でそう言うルイスに対し、ティトは何も言わず尻尾を大きく左右に振った。




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