第18話
「ま、どっちでもいいよ。俺はあのときも今と同じで、たまたま居合わせただけだしな。つーか、アドバイスなんかできるわけないじゃん」
「それはともかく、小畑くんは図書室で朔といっしょにいたの?」
と僕は尋ねた。
「そうだ、おすすめの本を訊いたんだ。最近ちょっとそういう〝時期〟でさ。そしたら、朔がアンネはどうだって言って。なにやら有末が書くとかどうとか。で、今日渡されたあれのことだったんだな」
相沢は机に肘をつき
「私も、まだちゃんと読むのはこれからだけど、いろいろ考えることが増えそう」
「いろいろ?」
僕は訊き返した。
それを引き取ったのは小畑だった。
「いろいろは、いろいろだろ。アンネ・フランクの悲劇なんて考えだしたら止まらないし、そうでなくたって俺ら高校生はけっこう思い悩む年ごろじゃん。俺だって、勉強できねえし、恋人できねえし、親はうるせえし」
僕は、小畑にも相応の悩みがあるのかと思ったが、相沢も、ふふっ、と笑って、
「小畑くんは自分のことで精いっぱいだから、私なんかにアドバイスしてる場合じゃなかったのよね」
と言った。
「さっきも言ったろ。俺に本のことなんかアドバイスできるわけねえじゃん」
小畑はそっぽを向いた。
僕は、
「そう
「あら。有末くんに褒められてるわよ、小畑くん。それに無駄に自信過剰にならないところとか、小畑くんの美質だと思うけどなあ」
照れているのか妙な顔をした小畑は、ビシツって何?、と訊いてくる。
「小畑くんは正直者だよ。僕だったら、わからなくてもそんなに素直に訊けない」
「ほら、また褒められてる」
相沢に言われて、小畑はむくれた。
「ふたりでバカにしてるだけじゃねえか。おまえら、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って知らないのか? ていうかビシツってなんだよ、はやく教えろよ」
「美質っていうのは、本人のすぐれてた点のことだよ。でも、いまのは教えてもらう態度としては悪質だよね」
僕は小畑の方を向いて、苦笑しながら言った。
うっ、と秘孔を突かれたように狼狽した小畑を見て、ほら怒られた、と相沢がからかう。
そのやりとりを見て、久しぶりに教室にいて心が和んだ。
笑っていた相沢は、ふと気づいたように黒板の上の時計を見上げ、
「おっと、部活いかなきゃ。有末くんアドバイスありがと。小畑くんもまたね」
と言うと、相沢は机に広げた『ブック・アラカルト』を
アドバイスは小畑に対する方便だったのを、完全に忘れているようだった。
颯爽といなくなった相沢の気配が消えると、僕と小畑は見つめ合って、どちらからともなく笑いだした。
学校を出ると、湿度のある風が走る。
小畑は、今日はツレとこのあと遊ぶから、と言って下駄箱で別れた。
駅までの道すがら、さっきまでのことを反芻してみた。
思わず笑みがこぼれそうになるが、やはり朔が相沢との関係にそっけないことが気がかりだった。
別れ際に、小畑が振り返って言った一言がそれを加速させた。
「なんで朔は相沢に対して微妙なんだろうな」
すぐにハッとした小畑は、わり、余計なこと言った、ともう後悔しているらしく早足で別の方向へと歩いていった。
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