第5話
図書室のカウンターの奥にいる司書の中野未来さんは、薄い眼鏡をかけて、上着は白の無地だがスカートは柄入りの原色が目立つものだった。
心地よさそうに物語の世界にどっぷりと
「『ブック・アラカルト』の件ですけど」
と、僕はおずおずと話しかけた。
「紹介本、決まったの?」
「エッセイがいいって伺ったんですけど……。伝記とかはダメですかね?」
「ああ、いいわよ。あれは、できれば程度の話だから。別に何か決まりごとってわけじゃないから。それより伝記って、やっぱり得意な日本史や中国史の人物なのかしら」
「いえ、それがアンネ・フランクでして」
中野さんは意外そうな顔をして、カウンター横に付属している引き出しをあけた。
「いい選択だとは思うけれど。でも、こう言ってはなんだけれど、有末くんにしてはちょっと不思議な選択ねえ」
そう言いつつ差し出されたのは、『ブック・アラカルト』用の原稿用紙だった。
僕に渡しながら、センシティブな部分もあるテーマだから、しっかりしたものをよろしくね、と中野さんはやや迷いのある声音で言った。
「大事なことだけれど、どうしてもね。戦争や暗い歴史と関わりがあるから。それにうちの高校にはドイツ系の子もユダヤ系の子もいる。その子たちが、変な表現だけど、困ることのないような配慮は必要よ」
「わかっているつもりです」
僕は少し
放課後にしては人気のない日だったので、エアコンの機械音が耳に
中野さんは困ったような微苦笑をした。
「反対しているわけじゃないのよ。テーマそのものはとても大切なことだし、有末くんが気づかいのできる子だって十分にわかっているから。でも、いま学校はいろいろなルーツを持つ人が増えてきているでしょう。それに他校の人たちも読むから、どうしても案じちゃうのよ」
「そうですね。慎重に書きます」
僕は理性的に返事をしたものの、それとは裏腹に思い切って自分の心情をそのまま全部、吐露してしまいたい衝動にも駆られた。
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