個人情報と手紙

鏡に映し出された筆跡を琥珀はまねて、清書した。


「清書するのはいいけど、これをどうやって届けるの?」


手紙の中には住所と父親の名前という重要な情報が欠落していた。


2つの情報がはっきりとしない限りは届かない。


何を検索すればいい。


戸籍謄本か?


いや、離婚届の方が情報量が多いように感じられた。


教授のパソコンをつけ、ブラウザで検索すると、現住所、過去の住所、離婚当時の職業、未成年の子どもの名前など、おおよそ、手紙を届けるにあたって、基礎となる情報が記載されていることがわかった。


「ウサモフ、離婚届、山本天音、奈良県橿原市で検索を頼んだ」


天音というのは比較的珍しい名前ではあったが、同姓同名が日本中探しても全くいないというほどの名前でもなかった。


市まで絞れば、一意に絞れるはずだった。


「ダメだ。検索結果0件モフよ」


「そんなばかな」


ここから導ける結論は、離婚をした当時は橿原市に住んでいなかった。


どこに住んでいたか天音ちゃんに聞きたいけど聞けない。


ここで、琥珀が、後ろめたさを感じること自体そのものが、自分がやろうとしていることがあまり褒められたことではないことを示していた。


「地名を抜いた2つの検索ワードでは?」


「検索結果2件!どちらも本物の離婚届。大阪府と三重県モフよ」


どっちだ……。


琥珀は迷ったが、両方見ればいいという結論に思い至った。


「1つ目!」


妻の名前が今田天音、夫の名前が山本啓介。


天音というのが、子どもの名前ではない時点で違うことははっきりした。


「2つ目!」


妻の名前が山本裕子、夫の名前が熊野英介。


娘の名前が天音。


住所も県内だった。


おそらく、こっちだ。


だが、100%正解だとまでは言い難かった。


裏付けが必要だった。


「山本裕子、天音、奈良県橿原市、戸籍謄本で検索!」


「とことん調べる気モフね。付き合うモフ」


「住所。今日、遊びに行ったアパートの名前」


「これで必要な情報はそろったモフね。あとは、父親の住所さえわかればもう調べることは……」


「熊野英介、山本裕子、調停調書、いや、手紙で検索」


「何を調べようとしているの?」


「自分がこれから出そうとしている手紙が天音ちゃんを傷つけるものではないことをこの目で確かめたい」


ブラウザには私人逮捕系Youtuberが逮捕されたというニュースが表示されていた。


自分がやろうとしていることは、私刑リンチをする人々と、晴らせぬ恨みを晴らす時代劇の主人公たちと変わらないのではないか。


琥珀は葛藤していた。

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