第55話 「魔力」の話

「『秘法』と呼ばれるのは難しいから『秘法』なんだ。何故難しいのかというと、二つの理由がある」


 シルヴィスは右手の人差し指と、中指を立てた。


「それが、『技術的なこと』と、『動力資源どうりょくしげん』の量だ」


 技術的なことというのはリシュールにも分かった。魔法の理屈は分からないが、知識や技が必要で、簡単にはできないということだろう。

 だが、もう一方のほうは分からず、片言かたことになりながら言い返した。


「ド、ドウリョクシゲン?」

「そう。例えるなら、暖炉の火を保ってくれるまきのようなもの……と言うといいかな。暖炉に火をつけるときや、火を強くしたり保ったりするときに、薪をべるだろう?」


 そう言うと、シルヴィスはちらりと後ろを振り返った。リシュールもその視線を追うと、そこには暖炉があり、パチパチと優しい音を立てながら、赤い炎がこの部屋を暖めてくれている。


「そうですね」

「それと同じように、『魔法』も『再現』するには薪のようなものが必要なんだ。俺たちはそれを『魔力』と呼んでいる」

「魔力……」


 シルヴィスはリシュールを見てうなずいた。


「だけど『魔力』は、薪のように形があるわけでもないし、目に見えるものでもない。空気みたいなものだと思ってくれるといいかな。そしてその『魔力』は魔法使いたちの体に蓄積されていて、さっき俺が飛んで見せたのも、体の中に『魔力』があるからだ。ここまではいいかな?」


 難しい話であるし、きちんと理解できているとは思えない。しかし、それでも全く分からないわけでもなかったので、リシュールは「はい」と言った。

 はっきりとした返事にシルヴィスは「よし」とうなずくと、説明を続ける。


「『秘法』を実現させるためには大量の『魔力』が必要だったんだが、見えない『魔力』集めるのは簡単じゃなかった。それで学校が何をしたかと言えば、多くの魔法使いの力を借りることにしたんだ」

「どうやるのでしょうか……?」


 リシュールは小首を傾げると、シルヴィスが、また分かりやすい例えを出して教えてくれた。


「リシュは重いものを持つとき、誰かと一緒に持ったりするだろう?」

「はい」

「それと同じで、魔法も他の人の力を借りることで、一人では難しかった魔法を発動させることができるんだ」

「じゃあ、それで『秘法』が成功したってことですか?」


 リシュールの質問に、シルヴィスは小さくため息をついた。


「『魔法具』が存在していることを考えると、成功したとも言える。だが、そのために多くの魔法使いが死んだ――いや、殺されたんだ」


 シルヴィスの一言に、リシュールは瞳をぐっと大きく見開く。


「そんな……」

「魔法使いにとって『魔力』は、『魔法』を使うための動力資源であると同時に、魔法使いが生きていくために必要なものなんだ。だからそれが体内から枯渇こかつすると死に至る。魔法学校の上層部はそれを分かっていたから、囚人しゅうじんに『秘法』の実験をさせていたのさ」

「……」


 どろどろとした闇の部分を聞き、リシュールは生唾なまつばを呑み込んだ。だが、シルヴィスの話はもっと深いところへと進んでいく。


「だが、『秘法』の実験をし続けていたら、囚人とはいえしかばねも増えるわけで、さすがに市民にも疑われてしまう。それを懸念けねんして魔法学校の上層部は、大陸に手を出した。もちろん多くの『魔力』を手に入れるために」

「でも、どうするんですか……? もしかして大陸の人たちから魔力を……?」


 シルヴィスは首を横に振った。


「いいや。大陸の人たちは魔法が使えないから、『魔力』を体内に保持していない。というより、大陸にはそもそも『魔力』がなかったんだ」

「じゃあ、どうやって……」

「『魔力』は、ある作物を植えることで空気中に放出されることが研究で分かっていて、その栽培を大陸の者に頼んだんだ。もちろん、その植物にどんな効果があるかをせてね。そしてそこに魔法使いたちを送った。それが『大陸派遣』なんだ」


 ここにきてようやく話が戻ってきた。


「もしかして『大陸派遣』の本当の目的って、栽培の監視のためだったんですか?」


 シルヴィスはうなずく。


「そうだ。だけど、『大陸派遣』された魔法使いたちは、そのことを知らされていなかった」

「え……? でもそれはおかしいんじゃ……。だって、『大陸派遣』が栽培の監視を目的としているなら、派遣された魔法使いたちがそれを知らなければ監視にもならない気がするのですが……」


 リシュールは首をひねる。

 最初の説明では、「大陸派遣」とは「大陸に魔法を使える人たちがいないから、魔法使いを派遣するようになった」ということだったはずである。


 だが、実際の目的は「大陸に『魔力』を放出する作物が順調に育つように見るため」。それも、大陸に向かう魔法使いにも目的をせていたという。


 それならば、「大陸派遣」の本当の目的とは何なのだろうか。


「君はさといね」


 シルヴィスはそう言って、彼の左側のほうにある窓を目を細めて見る。だが、その水色の瞳は、灰色の空を見ているというより、もっとどこか遠くのほうを見ているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る