第30話 家賃

「昨日も言ったけど、僕にはお金がないんだ。だから外食もしない。下宿屋の残り物を食べるのは、お金を払わなくていいから。それなのに外食をしていたら、おかみさんに『思ったよりもお金を持っている』と思われるでしょ。そしたら家賃が値上げされちゃうかもしれないんだ。屋根裏部屋には格安で住まわせてもらっているのに……」


「どれくらいお安いのですか?」

「元々三万セト払わなくちゃいけないところを、半分の一万五千セトにまけてもらっているんだ」


 家賃を半分にまけてもらっているお陰で、何とか生活が成り立っているため、家賃を定額に戻されたら支払えない。そうなれば部屋を出ていかなくてはいけなくなる。


 帰る部屋がなくなったら、リシュールのように身寄りのない者は、一旦、慈善活動をしている団体に頼ることになる。


 だが、団体の支援申請の手続きをしたからといって、すぐに住む場所をあてがってもらえるわけではない。これを利用して楽をしようとする人がいるため、本当に支援が必要かどうか審査があるのだ。

 そして、審査が通るまでは支援の対象ではないので、外で生活しなくてはいけない。


 大抵は、行きう人の邪魔にならず、風除かぜよけにも路地にいることになるのだが、そこは危険が多くひそんでいる。


 リシュールは孤児院から出て、今住んでいる屋根裏部屋に住まわせてもらうまでに、路地で夜を明かしたこともあったが、持っている物を取られるかもしれない不安がいつも付きまとっていた。


 また、これからの季節は寒い冬になる。


 団体の審査に通ればいいが、それも絶対ではない。

 もし通らなかったら、自分で部屋を借りられるまでは路地にい続けなければならないのだ。

 アルトランの冬は厳しい。極寒の中、路地で生活していたら凍え死んでしまうだろう。


 そのためリシュールは、あの屋根裏部屋を手放したくなかった。


「ですが、外での食事は、まだ昨夜の一回だけではありませんか。それに『下宿屋に帰っても残り物しかないから、食事が出来ない日もある』ともおっしゃっていました。確実にあるとは言えない夕食なのに、何故毎日それに頼る必要があるのです?」


 リシュールは、フォンの最後のひとかけらを口に入れた。

 固いパンのためよく噛む必要がある。お陰で答えるまでに時間ができたが、それでもはっきりとした答えは出せなかった。


「そうなんだけど……、残り物のご飯にはお金は払っていないし……」


 クモイの言っていることも分からないでもない。残り物のご飯にはお金を払わなくていいとはいえ、残り物自体がなくて夕食を食べられないときもあるのだ。そうなれば何かを買ってくるしかない。


 だが、おかみのなかで「許容範囲」というものがあるのだろう。


 フォンは一個五セト程度で買うことができるのに対し、昨夜食べたフォッチャは一一〇セトだ。リシュールの稼ぎから考えると、身の丈には合っていない。


 クモイは「また、行きましょう」と言ってくれたが、屋根裏部屋を手放すことになるくらいなら、行かなくてもいいとリシュールは思っていた。


 クモイは、黙り込んでしまった主人の顔を覗き込むと、そっと尋ねた。


「今朝のおかみさんの問いには、何とお答えに?」

「焦っていたし、どうしたらいいか分からなくて、『親切な人にご飯を食べさせてもらいました』って答えたよ」

「おかみさんは、納得されていましたか?」

「どうだろう。『ふうん』ってしか言わなかったから……。昨日の態度を見る限り、僕がマントを買ったこともよく思っていないようだったし……。やっぱり家賃を元に戻されるかもしれない……」

「リシュ……」


 クモイが表情をくもらせるので、リシュールはつとめて笑った。外食に誘ったことを、後悔しているかもしれないと思ったからである。


「とにかく仕事を頑張るよ」


 リシュールは意気込むと、「近いうちに、クモイが使う道具をそろえたほうがいいよね」といって、箱から出した道具を確認する。

 だがクモイは答えず、じっとリシュールを見ていた。


「どうかした?」

「あの――」


 クモイが主人の問いに答えようとしたときだった。二人の男が、リシュールたちのほうに近づいて来たのである。よく見ると、片方は昨日クモイが対応した眼鏡をかけた客だった。

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