ヴァギナ
白井なみ
ヴァギナ
私の身体は月に一度血を流す。
それは私の肉体が女性であることの証明であり、新たな生命をこの世に迎える儀式の祭壇が、正常に機能していることを示している。
恐らく、私の肉体はその役割を満足に果たすことが出来るだろうが、私の精神は、自分とは別の生命を外に出す負荷に耐えることなど、到底出来そうにない。
けれど、この身の中に生を受けてしまった命を殺すことの方が、その何倍も難しく感じられるのだ。
この身体は生命を保護する役割を担う容れ物に過ぎず、自分で選ぶことの出来ないものである。
物心ついた時、鏡に映る自分の顔が恐ろしく醜悪なものに見えてからは、この入れ物を飾り立てることに躍起になった。傷がつかないように大切にして、面皰ができないように毎晩化粧水を塗って……それでも、どれだけ入れ物を丁重に扱ったとして、鋭利な言葉によって入れ物に守られている筈の精神は簡単に壊されてしまうのだ。
私の精神がもっと強ければ、容れ物の見栄えなど気にせずに前を向いて生きられたのかもしれない。けれど、どれだけ外側を美しく飾り立てたとしても、その中にある精神は守れなかった。
美しい容姿か美しい心か、どちらか一つだけしか選べないと言われたとして、大人になった今でも尚、美しい心と答えられない私がいる。
心の美しさがこの汚濁に塗れた世界を生きていく上で、希少な武器であると知っていながら。
自分の身体を他人に売って触れさせる時、それこそ私は自分の身体は単なる容れ物に過ぎないのだと、自分自身に向かって念じ続ける。そうすることで得たお金で容れ物をまた飾る。
そんな生き方を嗤ったり、蔑んだり、馬鹿にしたりする人が大勢いる。世間の尺度では彼らの方が正常で、私たちは異常な異形なのだ。
嗤えばいい。思う存分、笑わせておけばいい。どうせ私もあなたも、明日死んでしまうかもしれないのだから。
他人の生き方を批評して嗤うことで幸せになる人が大勢いるならば、私は寧ろ「どうぞ嗤ってください」と言って微笑って、飾り立てたこの容れ物で華麗にターンを決めてみせましょう。
この身体の中にある「私」があなたに見えているか。発光する画面を通して、私の経験してきた苦しみが、突き立てられた言葉の刃が、流してきた血の量が、涙が、痛みが、あなたに見えているか。
あなたには何も見えていない。目を背けて、見ようとさえしていない。だって、これはあなたから受けた傷だから。きっとあなたも、何処かでわかっているんでしょう。だから私と目を合わせずに、誰かと顔を見合わせて、平気で嗤っているんでしょう。
儀式の時、この身体は祭壇になる。容れ物でも快楽に用いられる道具でもなく、神聖なものへ昇華する。内側にある赤い肉の襞を掻き分けて顔を出したもう一人の私。限りなく私に近い他者。
成長するにつれて、あなたは私を嫌うだろうか。私がそうだったように、徐々に私に似ていくその身体を嫌悪し、悍ましく思うだろうか。
例えそうなったとしても、それでもいい。
その身を恐れ、飾り立て、心を守り闘って生きなさい。
その先であなたが少しでも生まれてきて良かったと笑えたら、私もまた生きていて良かったと、醜悪なこの身も過去も弱い心も何もかも、世界の全てを抱きしめて、あなたと一緒に眠ることが出来るでしょう。
ヴァギナ 白井なみ @swanboats
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