挿話 王太子の受難 12

「王妃と王太子が、騒がしくて申し訳ない。二人とも、熱くなる気質でね。お恥ずかしい」


 ロンダ国の騎士団長に謝る父上。

 だが、騎士団長は茫然としたように、固まっている。


「騎士団長のブリート殿、……どうされた?」


 父上が声をかけると、はっとしたように、ロンダ国の騎士団長が言った。


「はっ、すみません……! 王太子様と王妃様の、自分の思いをまげない、真っ向勝負の、迫力あるぶつかりあいを間近で見て、心を持っていかれておりました!」


「は? いやいや、そんな良いものでは、全くないと思うが……!?」


 とまどった顔で、父上が聞き返す。


「いえ、他国の者である私を前にしても、自分の思いを偽ることもなく、飾ることもなく、自分の信念に基づいて、ぶつかりあうお二人。騎士として目が覚める思いです!」


「え……? いや、…そんなものだろうか……?」

と、父上が、あいまいに答える。完全に扱いに困っている様子だ。


 が、ロンダ国の騎士団長の目は、もはや、父上を見てはいない。

 きらきらした目で、ぼくと母上を見ている。


 なんだか、怖いんだけど……?

 この人も、脳筋? もしや、今、あちこちで、脳筋って増殖してるの?


 と、思ったら、ロンダ国の騎士団長は、母上をまっすぐに見て、言った。


「先程の耳が痛くなるほどの、王妃様の声量には、心が震えました! 失礼ながら、女性では、到底、だせないような声量。さすが、長年、王妃様と辺境伯様とを兼任され、生粋の騎士としてご活躍されてきたお方だと、感銘を受けました!」


 ……はあ? なに、言ってんの、この人。 

 声の大きさに感銘を受けるって……なんだ、それ?


 ロンダ国の騎士って、大丈夫なのかな?

 と、思ったら、母上の表情が一気にゆるんだ。


「騎士に認められるのが、一番うれしいな。貴殿は、ロンダ国の第二騎士団長のブリート殿だったな」

と、騎士団長に声をかける。


「はっ! そうであります!」


「どうだ、私の元に来ないか? 一緒に辺境伯の騎士団で働いてみたい。貴殿ならいつでも大歓迎だ」


 ちょっと、ちょっと、ちょっと、なに、勧誘してんの!? 

 しかも、他国の騎士団長だよね? 

 辺境伯の騎士団に来るわけないから。


「本当ですか? 光栄であります! 是非、是非、王妃様、いえ、辺境伯様の下で働かせてください! 今の職は、すぐに、辞めてまいります!」


 ……え、嘘だろう? 来るの?! 

 ほんとに、ロンダ国って、大丈夫? 


 盛り上がる二人。

 よくわからない展開に、茫然としている父上とウルス。


 そこへ、

「なんの騒ぎだ」

と、澄みきった声が聞こえてきた。

 

 あ、ルイスだー!


 ルイスが部屋に入ってきただけで、汚れていたもろもろが一掃されて、すがすがしい空気にかわる。荒んだ心が癒されるー!


 …って、喜んでいる場合じゃない!


 ルイスの目に絶対に入れてはいけない、汚れたものが、まだ、ここにいた。

 騎士に取り押さえられ、今は、うつろな目をして、ぼーっとしているべラレーヌ・ボラージュ……。


 さっきみたいに、あんなおぞましいことを、万が一にもルイスに聞かせてはならない!


 僕は隣に立っているウルスに、早口で指示をだした。


「この女が一言もしゃべれないように何か噛ませて。そして、頭から何かをかぶせて、ルイスのきれいな目に入らないようにして。瞬間的に、どっかへ消してもいい。急げ!」


「そんな、無茶なことを言われてもな……。とりあえず、布は用意するが、間に合わないぞ。ルイス、もう、そこにいるし……」

と、ウルス。


 あ、ほんとだ。


 庭にいたのか、作業着を着たルイスが、すぐそこまで、歩いてきてる。

 後光がすごい!


 ……じゃなくて、ルイス、こっちへ来てはダメだー!


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