第20話 トロトロになっちゃうからっっ!


 ■ ■ ■

 

 

 化ける? 俺に?

 キアの洗髪をしている朧がそんなことを言い出した。

 

 しかし、何の意味があるんだそれ? 完全にノリで言ってるよなあいつ。まあ好きにすればいいけど。

 

「…………ん?」


 朧がこっちを見ている。期待に満ちた目で見ている。まるで、俺に代われと言うように見ている――

 

(あるじ殿!)


 そしてとうとう、念話で呼びかけてきた。

 

(さあ、この小娘にあるじ殿の極楽テクニックをば!)

(なんでそうなるんだ。第一、俺は人間に会いたくないって言ってるだろ)

(今なら目を閉じておるよ? いくらでも、好きなように、好きなことをし放題じゃよあるじ殿! メスの身体を洗うのが大好きなあるじ殿よ!!)


 こいつ。

 まあ否定はしないけど。しかし俺を敬っているのか、変態だと蔑んでいるのかよく分からないな。どうやら、これが朧なりの敬い方らしくはあるが――


 ともかく。あまり変な間をあけてキアに疑われてもしょうがない。朧の言うようにシャンプー中だし、背後からなら俺の顔も見えない。なにより、モンスターの外見のままでローパーを出動させてしまっている。こうなったら念入りに堕としておくべきだろう。

 

「――《クリエイト》」


 俺はいま浴室の壁裏にいる。中に入るため、《クリエイト》で音を立てずに扉を作った。靴を脱いで素足になって、忍び足でキアの背後まで忍び寄る。ひのきの床の湿った感触。シャンプーのフローラルな香り。


 そして、盗賊少女のつるっとした背中。泡まみれの髪の毛。


「な……なにすんの?『あるじ』に化けるって――」


 疑問の声を上げるキアが振り向こうとする。まずい。その前に――



 ■ ■ ■



 ――ジュグリっ


「!?」


 さっきとは違う『指』が入ってきて、振り返ろうとした頭を押さえ込まれた。

 太くて長くて、頭をすっぽりと包んでしまう大きさで。キツネ女が言った、これが彼女の変化した『あるじ殿』の手なんだろうか。


 ――グッジュ、グッジュ、グッジュ


 泡を揉み込むように、リズミカルなマッサージ。


「ほっ、おっ、あっ!?」


 力強いが、うっとりするほど優しい指づかい。

 こんなのは初めてだ。


 だって、物心ついたときから孤児だったから。家族とだって触れあった記憶なんてない。盗賊団に入ってからイメルダたちには良くしてもらったが、こんな肌と肌の接触は皆無だった。特に、男となんて――


(これが男の人の……っ、長くて太いっ⁉︎ や、やば、奥まで入ってくる、髪の根元まで入ってくる……っ!)


 心の奥底にあった、人肌恋しさが掻きたてられる。大人の男性に優しくされて。凝り固まっていたトコロを両手でまさぐられて――もっと欲しい。もっとして欲しい。もっともっと、自分のことを甘やかして欲しい。


「も、もうだめっ! 頭ばかになるっ、頭皮トロトロになっちゃうからっ! やだやだ、身体が覚えちゃうよぉっ」


 寂しさなんて知らないふりをしてきたのに。こんなに温かくて、いい香りで、裸なのに全然恥ずかしくなくて――むしろ嬉しくて。


 ――しゅぐっ、しゅぐっ、ジュコっ、ジュコッッ


「もうシャンプーやらぁっ! 好きになっちゃう、洗ってもらうの好きになっちゃう! その手、好きになっちゃうってばぁ! あっ!? あっ、奥だめ!? 指でぐちゅぐちゅしないで、んッ!? うッ、うぅうううう~~~~っっ!?!?」


 脳天から広がる快感物質が全身を駆けめぐり、足先までピンと伸ばして――喉から搾りあげた嬌声は、湯煙に溶けていった。



 ■ ■ ■



「これ、色々とマズいよな……」


 俺の渾身のシャンプーで、キアは風呂の魅力を身体の奥まで思い知った。

 それは良かったんだが、


「ねぇ、ギュッてしてってばぁ」


 キアが懐いてしまった。


 頭の泡を流してやったあと、俺の手をガシッと掴まれて離してくれなかった。顔を見られたくないから必死に背後を取りつづける俺と、しがみつくキアとの攻防があったあと。彼女がクシャミをひとつしたので、湯冷めを恐れた俺は盗賊少女の身体を抱えて湯船に浸かり直した。俺の服は《クリエイト》で取り払って。


 ちなみにホンモノの朧は、俺と入れ代わりで壁の向こうに隠れている。


「キツネ女の変化魔術、すごすぎ……手とか足とか、まんま男の人じゃん」


 この子は一応、俺のことを『朧の変装』だと思っている。

 だから今の状況にも抵抗が少ないのかも――


 いやいや?

 最初の警戒心はどこにいった?

 俺にとってはありがたい面もあるけどさ……。


「そんなに甘えたかったのか?」

「は、はァ!? んなわけないし!? べ、別に男の人に甘えたいとか……ありえないし!?」


 とか言いながら、俺の左腕にべったりだし。

 薄いけど胸の柔らかさを感じられまくりなんだが。


「たしかに? においとかも落ち着くけど……すんすん」

「えっ俺の腕、におうのか?」

「いいにおいだよ。さっきまでとも違う、『あるじ殿』に変化してるから?」

「ま、まあな。に不可能などない――じゃよ」


(あるじ殿、モノマネの才能ないのぅ)

(やかましい)


 念話の朧にツッコミ。

 

「ふぅん。とにかくさ。肌のにおい、今まで嗅いだことないにおいなんだよね……瘴気が濃い気がするけど、なんか安心するってゆーか、でもドキドキするってゆーか?……また、ごしごしして、トロトロにして欲しくなるってゆーか……」


 マズい。

 とろけた声で、俺の指をニギニギして、頬ずりまでしている――おねだりされる前にそろそろ帰ってもらわないと。

 

「ほら姉御が、仲間たちが心配するだろ? もう風呂から上がって帰ったほうがいいぞ」

「えー、やだー……」

「やだじゃないが。こら、足を絡めてくるなって」


 すべすべ、ムニムニの両足で俺の左足が挟まれる。


(抱け! 抱くのじゃあるじ殿!)

(おまえはうっさい! 人間とそんな関係になるつもりはないんだ。絶対面倒なことになるから)

(ほお? ではやはりわらわ達と!? まずはメディ殿から!?)

(ステイ。朧、ステイ)


 興奮してうるさい朧をなだめながら、甘えてくるキアからも逃れる。なんだこれ。

 

「……あのさ」

「ん?」

「さっきゆってたじゃん、『洗いっこして主従関係を結んだ』って」

「お? おう……」


 そういえば朧が口走ってたな。


「それがどうしたんだ?」

「……ウチも。姉御と洗いっこしたらもっと信頼してもらえるかなって。姉御、ぜったいに一緒に風呂とか入ってくんないけどさ――」

「恥ずかしがり屋なのか」

「わかんない。何もゆわないから。……ウチ、信頼されてないんだなって」

「誰にでも触れられたくない部分はあるからなぁ」


 俺だって、権力争いに巻き込まれた王族時代のことは思い出したくもないし。逃亡生活なんてなおさらだ。


「っておい、そこ触るなって!」

「え~? だって、男の人ってどーなってるかなって思って」

「やめろ」


 こいつはもっと恥ずかしがったほうがいいな。朧もだけど。


「とにかくおまえは、姉御に信じられてないから帰りたくないってことなのか」

「それは違うし」

「?」

「別に、ウチが帰んなくてもさ。姉御は見つけてくれるだろーから」

「見つけるって――」

「ウチより鋭いから、姉御。この場所も見つけて追いかけて来てくれるだろーし。そしたら誘ってみるかなー、一緒に入ろうってさ。……ね? どー思う?」


 どう思うもこう思うもない。

 それって――侵入者が増えるってことか?


 もしかして、もう――――


 




 

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