第18話 盗賊としても致命的だぞ


 浴場の壁裏から、マジックミラーで内部の様子を確認する。

 洞窟に突如として現れた謎の浴場に戸惑うキアを、イメルダに化けた朧が誘惑する。


「いい風呂だろ。せっかくだからあんたも入っていきな」


 上司――尊敬する盗賊団のボスに誘われればキアも断らないだろう。


「ウチが? ウチはいいっすよ、たまに水浴びすれば十分だし」


 あれ?

 あっさり断ったぞ?

 

(ど、どうするのじゃあるじ殿?)


 朧が念話で話しかけてくる。距離さえ近ければ、俺とモンスターは脳内で会話ができるみたいなのだ。

 

(そうだな、じゃあ――……)

(……ほう。それでいってみよう!)

 

 俺のアイデアを朧が実行する。

 

「キア。これは言うまいと思ってたんだが」

「なんだよ姉御?」

「あんたさ…………、臭いよ?」

「!?!? くっ、臭い!? ウチが!?」


 いくら衛生に無頓着な盗賊少女でも、これは効いたらしい。

 

「ああ。みんな言ってる」

「盗賊団の!? あ、あいつら……! ふ、ふんッ。ウチはそんなの気にしないし? 別にあのむさ苦しい男どもに臭いと思われたって」

「盗賊としても致命的だぞ。居場所がバレる」

「そ、そんなに!?」


 お、あと一押しか?

 俺は朧に念話でアドバイスする。彼女はその通りに、

 

「自分では気づかないものだからな。入りな、キア。これは助言じゃない。お頭命令だ」


 体が臭いから風呂に入れ――なんて言われても素直になれないところに口実を与える。従うしかない、と自分に言い訳できるわけだ。

 

「そ、そんなら仕方ないけどさぁ……、いや別に臭くないけど? ウチの嗅覚でもぜんぜんにおわないけど? 姉御のめーれーならさぁ……」


 うだうだ言いながら衣服に手をかけるキア。


「んしょ――、んっ……」


 上着を景気よく脱ぎ捨て、きつめのホットパンツをずるりと降ろす。起伏の少ない裸体。肌は、盗賊生活を過ごして来たにしてはつるりと綺麗で――

 

 ダメだ。これ見ちゃいかん気がする。マジックミラー越しっていうのがなおさら。

 ……で、でもほら? 仕事だし? 朧の行動が心配だし?

 

「とうっ」


 入ると決めたキアは、ためらいなくそのまま湯船に飛び込む。かけ湯もせずに入るとはマナー違反もはなはだしいが――まあ、ここはキア専用に作った風呂だしな。

 

「あっつ!? こんなの何がいいんだよ――」

「キア。立ってないで肩まで浸かりな」

「ええ~、なんか熱くて肌がチリチリすんだけどぉ……、姉御が言うなら……。うぅ~~」

「キア」


 風呂嫌いの子供をなだめる大人の図。

 よし、俺もアシストだ。

 

《クリエイト》で――アヒルのオモチャを召喚!(製作)

 湯船にぷかぷか浮かぶ黄色いアヒル。押すとピーピー鳴る定番のオモチャだ。さあこれで遊べ盗賊少女!


「んだコレ。じゃま」


 ああ!? 蹴った!?


(あるじ殿……)

(な、なんだよ朧)

(さすがのわらわでも、アレはないと思うぞ)

(……くそっ!)



 ■ ■ ■

 

 

「はぁ、なんでウチが……」


 イメルダに見守られながら、洞窟の中で入浴。

 どうしてこんなことになったのか。体なんて、布を適当に水で湿らせて拭きとるだけでいいのに。

 

(臭くないよね?)


 自分の腕をクンクン嗅いでみる。肌のにおい。やっぱり自分じゃわからない。イメルダに指示されたとおり、ゆっくりしゃがんで湯に浸かってみる。

 

「ひぇえ、熱ぅ」


 湯に入り慣れていないこともあって、まるで拷問を受けている気分だ。

 ところが、湯温とイメルダの視線に耐えているうちに、皮膚が慣れてきた。筋肉がだんだんと弛緩してきて、血液まで温まってきたような感覚に陥る。

 

「ふぉ……、ぉ……」


 湯の中で縮こまっていた手足が自然と伸びて、湯船にそっと背を預ける。

 

「気持ちいい、かも――?」


 木で作られたバスタブなんて貧乏くさいと思っていた――けれど、こうして肌で触れると柔らかく、暖かみが心を落ち着かせてくれる。香りもいい。鋭い嗅覚を持つキアには、リラックス効果も倍増だ。


 力を抜くと手足がぷかーっと浮かぶ。身を任せる快感。恍惚のため息。指先から体の芯までが蕩けるようだ。


「どうだい、キア」

「さすが姉御っす……こんなやばい場所知ってるなんてさ……」


 盗賊生活は緊張の連続だ。義賊とはいえ恨みも買うし、懸賞金をかけられもする。貴族の兵隊や、ギルド所属の冒険者などに狙われる日々。

 

 仲間たちは気のいい連中ばかりだが、イメルダ以外は男ばかり。意識はしていないつもりでも、やっぱり警戒してしまっているんだろう。

 

 ――そんな、日々のあれこれがここでは溶けて消えていく。

 裸になって、身を投げ出して、すべてを委ねる至福。お宝も、ここの不自然さもどうでも良くなってくる。


「つか、これってどんな仕組みなんすか?」


 湯は絶え間なく注がれて途切れる気配もない。しかも清流のように澄んでいて、温度も一定。どんな貴族の邸宅でもこれほどの贅沢は味わえないだろう。


「秘密さ」

「ふーん? ま、いっかぁ。ふぃーー……っ」

「…………。本当に気持ち良さそうだね」


 ふと目をやると、浴槽のすぐそばでイメルダがなんだかソワソワとしていた。

 

「アタシも入るよ」

「え」

「汗かいちまったからね」

「は、裸で?」

「いいだろ、今さら。あんたとアタシの仲だろ」


 ボロ布のマフラーを捨て去り、イメルダは上着のボタンに指をかける。

 

「…………」

「どうした、キア?」

「姉御――」


 ざばっと立ち上がり、イメルダをにらみ上げて叫んだ。

 

「――いや。姉御のニセモノ! おまえ何者だ!!」


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