七章 新世紀農業
「やっほー、
よく晴れた日曜の昼下がり。
「やあ、きたのか……」
「なによ、その『なんの用?』みたいな言い方」
と、
「あ、いや……」
「畑のお世話? 精が出るわね」
「世話というか、見回りだけどな。昔から『一番の肥料は農家の足跡』って言われているから」
「農家の足跡? どういう意味?」
「いい作物を育てるには、それだけこまめに畑に入って見回らなきゃいけないって意味だよ。水は足りているか、肥料は充分か、古い葉が混み合っていないか、害虫は発生していないか、病気は出ていないか……どれもこまめにチェックしなくちゃいけないことだし、そのためには実際に畑に入って見てまわるしかないからね」
「特に病気は早い段階で手を打たないといけないからね。広まってからでは手遅れになる。そのために毎日、見回らなきゃいけない」
「なるほどねえ」
「そんな頑張り屋さんにご褒美。コンビニスイーツ買ってきたからさ。一緒に食べよ」
と、
「……ああ。そうだな」
返事をするまで多少の間はあったものの、
年ごとに暑さが募るこのご時世。いくら若くても、七月の午後の炎天下にぶっ続けで働くことは危険すぎる。いつ熱中症で倒れるかわからない。日陰で休み、水分を補給するにはいい頃合いだった。
ふたりは野外キッチンの屋根の下に並んで座り、コンビニスイーツを
「う~ん」
と、
よく晴れた七月の午後。目の前に広がる緑を見ながらのティータイム。
これはたしかに気持ちよかった。
ピクニックに来たようなと言うか、一昔前の貴族たちが庭園で行うお茶会に出席しているような気分。ちょっとした異世界転生令嬢気分だった。
心地よい、と言うには少しばかり気温が高すぎるのが難点だが、それも、畑を吹き抜ける風が
「そう言えばさあ。
「畑のことなんてよく知らないけどさ。普通、畑に木なんて植えないんじゃないの? 小学校の頃に体験学習で連れて行かれた畑にはなかったはずだけど」
あのときの畑はいちめん真っ平らで、同じ茎葉ばかりが茂っていた。たしか、サツマイモ畑だったはずだ。みんなで泥だらけになってサツマイモを掘り出した記憶がある。
「それが、この畑は木が何本もあるしさあ。それに、『畝』って言うの? 土のベッドが並んでるし。おまけに、畝と畝の間は緑の屋根がかかってるし。こんなの、はじめて見る」
「あの木は肥料代の節約だよ」
「肥料代?」
「そう。最近、野菜の値段が
「えっ? あ、ああ、もちろん……はは」
食事のほとんどが宅配サービスか冷凍食品という
『
「どういうこと?」
「大きく育った木は大量の枯れ葉を落とす。この枯れ葉が地面に積もってそのまま肥料になる。木を植えておくことで、その木が勝手に肥料を作り、まいてくれる。金を出して買う必要もなければ、畑のなかを歩いて肥料を与えてまわる必要もない。自然の森と同じ原理だよ。自然の森は誰も手入れなんてしないのに毎年、ちゃんと多くの植物が育つ」
「なるほどねえ。でも、植物って日陰になるのは良くないんじゃなかったっけ?」
「日差しの必要な果菜類は陰にならないように配置して植えている。それに、強すぎる日差しや高温に弱い野菜は意外と多い。そんな野菜は木陰に守られて生長するんだ」
「なるほどねえ」
「それに、畝が高いのはその方が楽だからだ。キューバの首都、ハバナでは有機農業が盛んなんだけど……」
「ハ、ハバナ……?」
「本で読んだんだけど、昔、キューバでは当時のソ連からの援助がいきなり打ち切られて食べ物がなくなったそうだ。これはもう自分たちで作るしかない! と言うことで、ハバナ中で有機農業が行われるようになったんだ。それこそもう、どんなせまい隙間でも利用して野菜作りに取り組んだそうだよ」
「へ、へえ……」
「その本のなかに、高畝に腰掛けながら作業する人の写真があってね。それがすごい楽だと言っていたんだ。これはたしかに楽だと思って真似したんだよ。あとはワルワルスも参考にした」
「ワルワルス?」
――なに、その子ども向けアニメに出てきそうな悪役っぽい名前は?
「インカ時代からつづけられてきた古代農業だ」
――今度はインカ⁉
予想をはるかに超える名前に、
「このワルワルスって言うのは、運河のなかに高畝を作ったものでね。高畝で作物を栽培しつつ、運河に育つ水草や緑藻類を肥料として使える。おまけに魚介類も養殖できる。限られた土地を最大限に活かすにはこれ以上のものはない。
それを真似たんだ。まず、高畝にすることで立ったまま作業できるようにした。おかげで体がずっと楽だし、作業効率が格段に良くなった。ひとりでも広い範囲を世話できるようになったわけだ。畝と畝の間ではニワトリが育てられる。畝の間に放されたニワトリたちは勝手に生えてくる野草や、虫たちを食べて元気に育つ。糞をして、走りまわることで、糞と枯れ草や砂を混ぜ合わせて自然と肥料を作ってくれる。ときどき、畝の間の土をすくって畝にかぶせてやればいいんだから金も手間もかからない。もちろん、卵や肉も与えてくれる」
「緑の屋根は?」
『緑の屋根』と言うのは、畝と畝の間にかけられたアーチ状の支柱に絡まるツル性植物のことである。
「あれは日差し避け。いまの時代、真夏の炎天下で作業してたらさすがにもたない。と言って、普通に屋根をかけていたら金もかかるし、補修もしなくちゃならない。そこで、緑のカーテンを真似て緑の屋根を作ることにしたんだ。緑の屋根なら金もかからないし、補修の手間もいらないからね」
「なるほど」
「それに、ほら」
と、
「まだ七月だから熟してはいないけど、ブドウやミニメロン、小玉スイカが実っているだろう? 八月以降になればこれらのフルーツ類が熟して採り放題になるってわけ」
「わあ、すごい! ねえねえ、八月になったら採りに来ていい?」
キラキラ輝く笑顔でそう言われ、
「……あ、ああ。かまわない……よ」
「やったあっ! 楽しみぃ~」
それから、夕方まで畑仕事の手伝いをした。『お礼に』と、いくらかの野菜とハーブ類をもらって帰途についた。もちろん、
「それじゃ……」
「うん! また明日ね」
と、
――
そう思うとニマニマがとまらない。
――さあっ! さびしくないよう、早く家に帰ってメールを送ってあげよう。
とびきりの笑顔のまま、家への道を駆けていく
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