神のまりまり
井中昭一
第一首「鳴かぬなら 鳴くようぐいす 平安京 そう覚えたら 試験に落ちた」
相変わらず犯罪は横行しているし、風俗は壊乱しているし、市街は汚濁しているし、格差は是正されていないし、教育は行きとどいていないし、人々は何となく陰気な顔をしているし、朗らかな顔を見つけたと思ったら気が狂ったりしているし、世の中はどうかしていた。
末法が来るらしいのだ。
どっかの偉い坊さんがまっぽうだ末法だと叫んだために、世の中はこれからまずいことになるぞ、ということになって、朝廷はとにかく各地に大仏を作りまくった。結果雇用も生まれたのでよかったね、で終われば話はそれで済んだのだが、もう大仏はこれ以上作らなくてだいじょぶです、となったら失業者があふれるほど出てしまい、市民の不満は鬱積していく一方となった。溜まりに溜まった負の感情を仕事の原動力にするには、大仏の清掃では人手が充足しすぎていた。
というわけで、朝廷は大仏の内部に茶屋を開くことにした。
そうすれば大仏の見回りもできるし一石二鳥ということですぐさま事業は開始され、結果、雇用も潤い、そこで茶を飲むと仏様の功徳もあるような気がして、人々も足しげく通うようになり、ひとまず世の中は落ちついていたが、もちろん大仏は大と付くだけあってでかいので、一つの大仏には何軒もの茶屋が軒を連ねることになり、そこはもちろん商売なので競合他社どうしの経済闘争が勃発した。仏様の内部で金の蠢くいがみ合いを繰りひろげるというのだから罰当たりも極まっていた。
そして実際に罰が当たったかのように、現在この国ははじめに説明したような荒廃具合を呈しているのだった。
しかし、そんなのはまったくどうでもいいことだ。
俺は今、落ちてくる
「
右手の六分儀を確認し、
「了解だ!」
「……承知」
俺と晴の返事が重なる。指示通り左に三歩移動。さすが和泉、計算と予測が迅速かつ正確だ。移動が少なくて非常に助かる。
そこで上を向くと、雲一つない青空に光を放つ小さな点。
地上から見えるということは、もうかなり近い。全身から汗が噴きでる。
俺が緊張しているのをよそに、晴は涼しげな表情だ。まあこいつは普段からそんな感じといえばそんな感じだが。
「晴!」
和泉が大声で呼びかける。
晴がこくりと首肯する。
…………………………………………。
何も起こらない。
いや、実のところそうではない。
————そろそろ来る。
がしゃぁぁぁん! がしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ————————。
晴は今、視認できない高高度に
俺も身構える。二人のがんばりを無駄にはできない。
俺は、和歌の書かれた
「
掛け声を合図に、
晴が手を下ろした。びりびりと空気が震える音。もう
ここだ!
「
完璧な頃合いで右足をそっと上げる。まばゆい閃光と爆発。足の甲が鞠の————。
《いしや~~~~きいも、おいも》
石焼き芋へ向かってちがうぞ中心へ向かってだ中心部はほくほくとして舌の上でほどけ外縁部は少しとろっとして味蕾に絡みつく甘くておいしい石焼き芋今俺が蹴ろうとしているのはなんだっけ石焼き芋かおっと食べ物を粗末にするのはよくないぜいただきますいただきますちがうぞ冷静になれ力加減が大事なんだ加減が集中しろ集中しろ大事なのは火加減だ焦がさないように慎重かつ大胆に炙るんだ初めちょろちょろ中ぱっぱいやそれは米か違うぞ俺集中しろ集中だ石焼き芋だ石焼き芋はその名の通り石で焼く芋だが石ではなく意思で焼いているのではないかという意見もあり確かに焼く意思が無いと焼けないのだけれども実際に熱を持って焼いているのは石なのだがだからといって焼き芋職人たちに熱が無いわけではなく情熱と誇りをもって仕事をしているに違いないでなければあのように美味なものがその手から生まれてくるはずがない石で焼くつまり小石を敷いてその上に薩摩芋を乗せると石から放射される赤外線が芋の水分を急速に蒸発させるのだが内部の温度はそこまで上昇せず水分をそのままゆっくり熱されるので澱粉が水分を吸収して糊化し澱粉分解酵素が糊化した澱粉を加水分解して麦芽糖に変えるとかもはやそのような理屈はどうでもいいのだ一思いに銀紙の扉を開き紫の天幕を上げるとそこはめくるめく黄金郷――――。
そして俺は
「あ」
やべ。
一直線に空へ駆けのぼっていくはずだった
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