第14話 おっちゃんの特技は、お説教です

 ゲルティ侯爵やササ伯爵は、見下すような視線を俺に向けて来る。

 人を人とも思わぬような目の色だな。


「……して、その者は?」


「こちらが敵軍の指揮官――ラキバニア王国の子爵と将軍を単身で討ち取り、敵軍を退けた者です」


「……ふむ。その方、名は?」


 ああ、値踏ねぶみをするような目線だ。

 利用価値があるなら利用し、そうでないなら使い潰す。

 このたぐいの目は……前世でもよく見て来た。


「ルーカス・フォン・フリーデンと申します」


「身分は?」


「準男爵家の3男でございます」


「ほぼ平民、か……。まぁ良い。貴様が上官の命令に従わず単身で突出した行動をした事は、軍令ぐんれい規律きりつ違反いはんするものだ。……しかし私が秘密裏に命令した作戦行動として、今回は不問ふもんにしてやろう。後ほど王都へ戻れば陛下が褒美ほうびを取らすだろう。……それも、戻ってからの報告次第だがな」


「ゲルティ侯爵閣下の温情おんじょうに感謝したまえよ、ルーカス・フォン・フリーデン。これからは私たちの命令に従い、勲功くんこうを上げ続けるのですよ?」


 成る程――俺の行動には非があるからとかばうと同時に、手柄てがらを取り上げ自分の功績とする。

 たとえ褒美を与えるにしても――自分の懐は痛めないようにする、と。


 うん、実にありがちだ。

 予想通り過ぎるね。

 そもそもジグラス王国は今、存亡の危機にある訳で……。


 領地も金銭も、何もかもが足りない。

 余っているのは……死んだ貴族の爵位ぐらいかな?


 だから貴族の爵位任命権じゃくいにんめいけんを持つ陛下に論功行賞ろんこうこうしょうは任せる。

 陛下に任せれば、渡されるのは領地も民も無い――爵位という、ちょっと周囲に威張いばれる身分ぐらいだろう。


 それもここでの口約束だから、陛下への報告次第では手柄を横取よこどりされ爵位しゃくいすら与えられない可能性もあるかな?


 つまり良い報告をされたければ――これからも俺たちに従順じゅうじゅん手足てあしとなり戦えと言っているのだ。


 まぁ……どうでも良いさ。

 若い身体と低い身分だから、成り上がって多くの民や兵を救う為、武士として動くのも良いと思ったが……。


 このジグラス王国は、護る価値もない程に支配階級が腐っているようだな。


 ならば――恩賞おんしょうは良い。

 俺には……もっと欲しいものがあるんだ。


 それは――サムライとして。


「……ゲルティ侯爵閣下。どうかこの場で、ルーカス・フォン・フリーデンに褒美を。せめて此度こたび戦功せんこうが揺らがないように、感状かんじょうを――」


 ――そして恋人ではないけれど……護りたいと思う人を見つけてしまった者として、ね。

 俺はばっされるのも怖れずに口を開くエレナさんの言葉に――割り込む。


「怖れながらゲルティ侯爵閣下。――俺への褒美として、1つの願いと献策けんさくをお聞き願えませんでしょうか?」


 身分の差をわきまえず、発言の許しも無く問う俺の言動に、周囲に控えていた兵が抜剣しばっけんかけるが――。


「――ほう……面白い。どんな策だ?」


「たかが準男爵家の3男が、献策ですと? ハッ! 私どもとは違い、学園で軍略ぐんりゃくすらまともに教わっていない下院クラス所属だろうに!」


 あなどるようにこちらを見て来る2人。

 そして、戸惑とまどい心配するような目線を向けるエレナさん。

 様々な視線を向けられる中、俺は立ち上がり――。


「――き、貴様! 誰の許しを得て立ち上がっている!? ひっ……」


 剣を抜きかける兵士を――眼光で射竦いすくめる。


 まだまだ修練が足りないね。

 俺の闘気に当てられたのか、ササ伯爵までもが小さく震えている。


 この程度のきもたましか持たぬ者が指揮官とは……ジグラス王国は、遅かれ早かれ終わりだな。

 まぁ良い。


 先ずは――犠牲者を少なく戦争を終わらせる事だ。


「――この地図に書かれている通りなら、敵軍は数こそ多いが縦に伸び切り補給線ほきゅうせんも伸びています。……この情報が事実なら、奪った砦や城下街もろくに固めず、部隊ごとに戦功を競い合うかの如く前へ前へと進んできている」


「そ、それがどうした?」


「今後の統治を考え途中の村や街からの接収せっしゅうも最小限にとど兵糧ひょうろうや武器などは割安わりやすだろうと購入しているはずですから、十全じゅうぜんとは言い難いでしょう。……そして、もうじき冬が来て積雪する事から考えても――重要な兵糧庫ひょうろうこを1つ奇襲で叩ければ、攻勢限界に達し勢い任せの無計画な進軍は止まる。つまり、この戦は終わります」


「……勝てる、と言うのか? その犠牲を伴う決死隊けっしたいを用いた一手を、貴様が責任を持ってやると言うのか?」


 俺が言っている事は、誰かが口にはしたのだろう。


 だが実際――誰がやるのか、どうやるのか。


 ここには責任なんて負いたくなさそうな指揮官が集まっているからな。

 実行には移さず手堅く護りの布陣を敷いて、冬が来るまでの時間を稼いでいたんだろうよ。


「はい。敵は奇襲を警戒する斥候せっこうも減らす程に――王手おうてをかけている状態です。戦後の自分の立ち位置を高める為、こちらに居る手柄首てがらくび偵察ていさつばかりをしているでしょうね。だからこそ、大して注目もされず手柄にもならない身分の俺は、今ならまだ敵に十分な情報が渡っておらず――うごやすい」


「ほう? 貴様が――フリーデン準男爵家が、責任を持ってやり遂げると言うのだな? 貴様の首をかけてやる、そう言うつもりだな!?」


「はい。……本作戦を私にお任せ頂け、それなりの兵を預けて頂けるのであれば、ね」


 俺がそう言うと、ゲルティ侯爵は顎に手を当てて考え始めた。


 責任者をやらせるのは良いが、どの兵をどれぐらい任せるか。

 それを悩んでいるのだろう。


「ゲルティ侯爵閣下。私も……第3魔法師団もその作戦に乗ります」


 これは――予想だにしない申し出だ。

 実にありがたい。


 エレナさんたちの魔法があるのと無いのとでは、成功率が大きく違うからなぁ。

 まだこの世界のあらゆる情報が足りないから、作戦は固めて無いけど……。

 エレナさんレベルの魔法使いが居れば、取れる戦略と成功率は格段に広がるだろう。


 若者に助けられてばかりだねぇ。


「ふん。――大人に成し遂げられない事が、子供たちで出来るとでも? 勇猛ゆうもう蛮勇ばんゆうを履き違えた若造風情わかぞうふぜいえらそうに!」


 10代の若者が互いに協力し合うと言ってる様が、ゲルティ侯爵のお気に召さなかったのだろう。

 吐き捨てるようにそう言う。


 俺は――思わず口角が上がり、薄笑いしそうになる口を手で覆う。


 いかんいかん……。

 人斬りのスイッチが入る所だった。


 自分では何もしないのに、一丁前に文句だけはギャアギャアと声高に主張する。

 そんな無能……害悪ですらある指揮官にいきどおりを覚えるが――今は斬ってはならない。


 この場に居合わせたエレナさんにまで、るいおよぶ。

 だから怒りを押し殺し――口で伝えねば、な。


「ところでゲルティ侯爵閣下やササ伯爵は――おいくつになられたのですかな?」


 人は武力解決ぶりょくかいけつの前に、対話たいわでの解決をはかれる生き物だ。


 ここで用いるのは――そう、おっさんの得意技。

 お説教だ――。



―――――――――――

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