1-49 必要なもの

 目の前では暴風が生み出されていた。

 ほんの十数メートル先の上空のことである。


 荒れ狂うかのように、雷人が目で見ることの出来ない程の速さで振るわれるその剣を、一発も食らうことなく弾いている男がいた。


 長い髪で赤い服を着て、身の丈程もある大剣を器用に使って全ての攻撃を弾いている。

 あれは間違いなく少し前、俺が手も足も出なかったあの男だ。


 しかし、その時には無かったものがある。

 翼だ。禍々しい翼が服の背中側を突き破って生えており、空中を飛んでフィアと打ち合っているのだ。


 二人は時に離れ、時に接近し激しい攻防を繰り広げていたが、俺でも分かってしまった。

 明らかにフィアが押されている。


 フィアが攻め込んでいるようにも見えるが、あの男の顔には不気味な笑みが貼りついており、余裕が感じられる。だが一方で、フィアはどう見ても余裕がない。


 雷人はビルの陰から見ており、ここからでは詳細には分からないが、フィアは肩が上下していて息が上がっているように見える。


 攻守が逆転するのも時間の問題に思えた。

 このままではフィアが敗北することは明らかだった。


 であれば、俺が何か行動を起こすしかない。

 しかし、はっきり言って目の前で起きるあの戦闘は俺の知るそれとは次元が違う。


 自分の攻撃が通じないことは一度奴と戦ってしまった俺にははっきりと分かってしまった。


 それなら取れる手段はただ一つだ。

 奴の注意を俺が引き、そこにフィアが一撃を加えるしかない。


 幸いなことにここまで奴が俺に気付いた様子はない。

 そこまで考え、雷人は行動を実行に移した。


 まず大前提だいぜんていとして、奴の注意を引くためには俺を脅威きょういだと感じさせる必要がある。

 その為には俺が出せる最大火力をぶつけるしかない。


雷弾生成バレットチャージ


 雷人は小声で呟き、自身の周りに出現して回り出した青白の球を目の前で凝縮ぎょうしゅくし、一つの塊に変えていく。


 みるみるうちに青白の球は大きくなり、拳大程だった球はスイカ程の大きさになっていた。


 これ以上は制御が出来なくなってしまうため、それを保持したままフィアにこれから攻撃を仕掛けることを伝える。何も告げなければ、一瞬の隙が無駄になってしまう。


「フィア、聞こえるか?」


「……はぁ、はぁ……雷人? 今……余裕……ないから。手短に……っ……クリスタルスプレッド!」


 雷人の問いにフィアが息も絶え絶えに返答する。

 空中では、氷の散弾を放つ姿が見えた。


「これから俺の全力を下からお見舞いしてやろうと思う。多分当たらないが、こっちに注意が向いたらそこを狙ってくれ」


「はぁ!? ……ちょっ……待ちなさい! ……私がなんとか……する……から……! 雷人は黙って……見てればいいのよ!」


 フィアは制止するが、俺は止まるつもりはない。

 歩き出しながら告げる。


「このままで勝てるとは思えない。どっちにしたってフィアが負ければ終わりだろ? だったら行動するべきだ」


「ばっ……くぅ……っつぅ」


 フィアが反撃に出た男の攻撃をギリギリで受けて後ろへと弾かれる。

 通信に乗って男の声が聞こえた。


「おいおい、誰かと話してんのかよ? 今は戦闘中だぜ? 目の前に集中だろうがよぉ。なぁ!?」


 どうやら奴は完全にフィアしか見えていないようだ。

 弾き飛ばした事でフィアとの距離も開き、巻き込みの心配もない。


 狙うなら、ここだ。


「食らえっ! 授雷砲じゅらいほうおおおぉぉぉぉ!」


 雷人の最大火力、放出された電気エネルギーの塊が凄まじい速度で男にせまる。

 肌を粟立あわだたせるピリピリとした感覚、少し離れているはずのビルの一部すらをも溶解させ、エネルギーの奔流ほんりゅうが真直ぐに突き進む。


 雷人自身、実際に全力で放つのは初めてのことであり、ここまでの威力があるとは思ってもみなかった。もしかしたら勝てるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。


 男はこちらを見ていない。

 当たる。そう俺は確信した。しかし……。


「は……?」


 莫大ばくだいなエネルギーの塊は男に当たる前にその軌道を変え、かすることすら出来ずに大空へと消えていった。


 ……そう、男の視線をらす事すら叶わずに。

 雷人はひざから地面に崩れ落ちた。


「何で……」


 奴は結局こっちを見なかった。であれば、これは陽動ではない。

 確実に当てるべき一撃だった。


 紛れもなく全力だった。だから制御出来なかったのか?

 もう少し、威力を押さえるべきだったのか?


 だが、今更後悔しても遅い。

 全力だったからこそ、あれをもう一度撃つ事は出来ない。


 若干の虚脱感きょだつかんすら感じる程だ。

 もはやその力は俺には残されていない。


 ただ茫然ぼうぜんと莫大なエネルギーの通った跡を見上げる雷人の耳に、耳障みみざわりな鼻に付くような声が聞こえた。


「くはっ、惜しかったなぁ。今の一撃、当たってればさすがの俺でもやばかったぜ? やれば出来るじゃねぇか。だが、俺に気付かれてないと思ったのは間違いだったなぁ?」


 その言葉を聞いた瞬間、雷人は悟った。

 俺は攻撃を外したのではない、外されたのだ。


 しかも、こちらを見させる事すら出来ず。

 男はこちらにようやく視線を向け、気味の悪い笑みを浮かべた。


「そんだけ大きな力が駄々洩だだもれならよぉ。ちょっと出来る奴なら気付くぜ? ただ、ちょっとばかし痛かったなぁ? 近くを通っただけでこれなんてよぉ、威力だけは大したもんだなぁ? でも、当たらなけりゃあ意味ないよなぁ?」


「は、ははは、最初から、駄目だったのか」


 考えが甘かった。俺は自身の無力さを嘆いた。

 自然と涙が目から溢れ、頬を伝って地面に落ちる。

 その様子を男は笑いながら見ていた。


「くはっ! 泣いてやがるのかよ! みっともねぇ! この女を殺したらお前も殺してやるよ。待ってやがれよ。なぁ?」


 その言葉に雷人は恐怖、悔しさ、怒り、悲しみ、情けなさ、様々な感情が頭を渦巻き、心が深く沈んでいくのを感じた。


 しかし、雷人が無力にただ嘆くのを、彼女がそれを許さなかった。

 空から爆発音が響いた。


「黙って聞いてれば……みっともないですって? 確かにそうかもしれないわね。こっちの制止を振り切ってまで攻撃を仕掛けたのに、何も出来ずに打ちひしがれてる。雷人はそんな男だわ。でもね、成長ってのはその先にあるものなのよ。雷人!」


 フィアの大声に俺は自然と顔を上げていた。

 ボロボロでそれでもそこに立っている少女が、その真剣な瞳が、俺を見ていた。


 フィアが全身を大きく動かしながら叫ぶ。


「壁に当たることなんて幾らでもあるわ! 皆を守りたいんでしょ!? そんな事でいちいち止まってたら、いつまで経っても成長なんて出来ないわよっ! 諦めるんじゃなくて! 乗り越えなさいよ! そこでよく見てなさい! 私が壁を超える所を見せてあげるわ!」


 フィアが鼻を鳴らして胸を張る。

 あぁ、俺はどうして諦めているんだ?


 フィアに出会ったあの時と一緒だ。

 まだ彼女が戦っているのに、俺は勝手に諦めて。


 人助けがしたい? 俺はどうしてそんな事を願っていたのか。

 人助けが出来る人っていうのはフィアみたいに、困難でも立ち向かって、最後まで諦めずに戦える人なんじゃないのか?


 それは願ってなれるようなものじゃなくて、自分を信じて行動した結果、なっているものなんじゃないのか?


 諦めずに行動する事すら出来ないくせに、人助けの憧れだって?

 そんなの甘過ぎるだろう。


「くははははっ! 言うじゃねぇか。そういう青臭いの、……あぁ? 何でだろうなぁ? なんだか……嫌いじゃねぇよ。おい……来いよ。もっと楽しませてくれよなぁ!?」


「楽しむ暇なんて与えないわよっ!」


 空中で再び二人がぶつかる。

 雷人にはもう、男を倒せる程の攻撃はおろか、脅威を感じさせる程度の力も残ってはいない。


 俺は飛べない。空中に足場を作り出す事は出来るが、あの高速戦闘に混ざる事など到底出来ない。やろうとしても瞬時に切り捨てられて終わりだろう。


 それでは、フィアの邪魔をしてしまうだけだ。

 じゃあ、俺はこのままここで泣いているのか?

 俺には何も出来ないと諦めて、ただ見ているだけなのか?


 無力な自分への苛立いらだちが身を焦がしていく。


 違うだろ? お前は何になりたいと願っていた?

 どういう存在にあこがれた?


 人を助けられるような、そんな存在だろうが!

 それは、今! 目の前で戦っているフィアのような存在だろうが!


 そうなるのに必要なのは何だ? 力か?

 違う。一番は、諦めない強い意志だろう!

 だったら、まずは立ち上がれ!


 二本の足で立ち上がった時、いつの間にか頭はえていた。

 虚脱感きょだつかんもどこかへ消え失せた。


 どうやら、想像以上にフィアのかつが効いたらしい。

 雷人は思った。どうすればフィアを助ける事が出来る?


 フィアを連れて逃げるか?

 駄目だ、奴はきっと追いかけて来る。

 そうでなくても、空や唯に被害が及ぶ。あの男を退しりぞけるのは必須だ。


 じゃあ、奴を倒すには何が必要だ?

 奴は空を高速で飛んでいる。

 なら必要なのは、高速で空を駆ける翼だ。


 そう考えた時、高速で空を駆ける自分。

 その姿が強く頭に浮かんだ。


 その時、背中から強く引っ張られるような感覚があった。

 見てみると俺の背中には青白の、大きな翼が生えていた。


 なぜだか分からないがこの時、俺は飛べる。

 そう思った。

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