1-47 気味の悪い笑み

 そこでは激しく金属のぶつかり合う音とドォン! というまるで何かが弾けたような音が響いていた。


「アイスハウンド!」


 その音を作り出している内の一人、黒いローブを羽織ったミニスカートの少女が左手を横に振いながら叫ぶと空中に氷で出来た数匹の狼が現れ、まるで生きているかのように相対する男に襲い掛かった。


「ははははははは、いいねぇいいねぇ、いいじゃねぇか。そらっ! どんどん来いよぉ!」


 男は笑いながら、身の丈程もある大剣をまるで棒でも振り回すかのように振るう。

 そして、男は襲い掛かる狼を軽々と叩き壊していく。


 しかし、氷の狼の一体をかわしたところで、狼が方向転換しその腕に噛み付いた。


「なっ!? ちっ、誘導出来るのか」


 舌打ちをしながらも男は平然としている。

 自分の腕に噛み付いている狼の頭をつかむとそのまま握り潰してしまった。

 その様子をフィアはどんな挙動も見逃すまいと真剣な目つきで見ていた。


「……随分と慣れているのね。傭兵って言ってたっけ? 名前は?」


 フィアの言葉に男のまゆがピクリと動く。

 しかし、男はあまり警戒した素振りは無い。その口元が三日月の形にゆがむ。


「んなもん聞いてどうすんだって言いてぇところだがなぁ。まぁ教えてやるよ。冥土の土産って奴かぁ? 俺の名はジェルドー、ジェルドー・グラシオンだ。よぉく覚えとけ」


 フィアは小声でその名を復唱しながら考えるが、聞いた事の無い名前だ。

 何か特徴でも分かればと思ったが、どうも難しいらしい。


「……聞き覚えのない名前ね。これだけの実力があれば無名とも思えないけど」


「そりゃ、宇宙は広いからなぁ。聞いた事が無いのも当然だろ。だがまぁ、ここで死ぬお前には何の関係も無いことだよなぁ? ……そういやぁじいさんから聞いたんだが、お前らホーリークレイドルとかっていう一部では有名なSSCなんだってなぁ?」


「それが何よ」


「いやぁ、その有名な連中をぶっ倒せばよぉ。手軽に名前を売れるってことだろ? 何ともありがてぇ話だなぁおい!」


「させるわけないでしょ。……ちなみにその爺さんって言うのは誰?」


「そりゃぁ俺の事を馬鹿にし過ぎだろ? 言うわけねぇよなぁ? だが、まぁそうだな。こりゃあ、一種のお決まりって奴だよなぁ? 俺を倒したら教えてやってもいいぜ? 倒せればいいけどなぁ」


「言ったわね。やってやろうじゃないの!」


「ははははははは、そう来なくっちゃ面白くねぇ!」


 ジェルドーは大剣を肩に担いだまま、凄まじい速さで駆けて来る。

 動きは素人と大して変わらなく見えるのに、想像以上に隙がない。

 フィアは攻め手に欠け、そんな状況に歯噛はがみする。


「クリスタル・プリズン!」


「効かねぇなぁ!」


 フィアが作り出した氷がジェルドーを包み込もうとするが、男がその大剣を一振りするだけで砕かれてしまう。


 そのまま切り掛かってくるジェルドーの攻撃を刀で何とか受け流しつつ、所々で炎や鎖、氷で攻撃を加えるが全てその一振りで掻き消され、あるいは引き千切られてしまう。


「くっ! 何でこんなに重いのよっ!」


 ジェルドーの攻撃は何気なく振っているように見えてしっかりとフィアの動きを制限している。


 そのうえ一撃一撃が非常に重い。

 受け流しを失敗すれば、たちまち押しつぶされてしまうだろう。


「おいおい、足元が疎かだなぁ!」


 ジェルドーの足払いを受けフィアの体勢が崩れる。そこにすかさず狙い澄ました一撃が降って来た。


「舐めるなぁぁぁ!」


 フィアは鎖を呼び出すと大剣を受け止め、引き千切られるまでの一瞬の間に体に鎖を巻き付けて引っ張り、体を上空へと投げ出した。


 遅れて背後からドォン! という大きな音が聞こえる。

 アスファルトは完全に叩き割られていた。


「くはっ、身動きが取れない空中に逃げるなんてなぁ。もう終わりじゃねぇか!」


 自らの優勢に意気揚々と顔を上げたジェルドーは空中に佇むフィアを見て、目を見開いたまま固まった。


 その様子にフィアはしてやったかと思ったが、それは勘違いだった。

 みるみるうちに男は邪悪な笑みを浮かべ、ますます気味が悪くなり、フィアは背筋がぞわっと粟立あわだつのを感じた。


「何だよ何だよ。聞いてねぇぞ、おいっ! そりゃあ何だぁ? 浮いてんのか!?」


 フィアは鎖で固定する事もなく、何かを着けることもなく、空中に静止して立っていた。

 フィアは気持ち悪いものを見るような嫌悪の表情でジェルドーを見つめる。


「飛べないと言った覚えはないわよ! 悪いけど、このまま一方的にやらせてもらうわ!」


 フィアがそう言って両掌りょうてのひらを体の前で向かい合わせ、その間に炎弾を作り出す。

 しかし、それを見るジェルドーの顔にはこれまでフィアが戦ってきた相手のような絶望の色はなく、ただただ気味の悪い笑みが張り付いていた。


 それを見たフィアは背筋に寒気を感じ、思わず声に出した。

 自らが恐怖していると教えてしまうだけだと理解しながらも、言わずにはいられなかった。


「なっ、何がおかしいのよ!」


 その時、フィアは張り付いたような笑みを浮かべている男の背中が妙に盛り上がっている事に気付いた。


 次の瞬間、男の服の背中部分を突き破って巨大な、それでいて禍々まがまがしい翼が現れた。


 ジェルドーのあざけるような声が響く。


「初めから言ってくれれば良かったのによぉ。あぁ、空中戦は久しぶりだなぁ。もっと、もっと、もっと、もっと、楽しませてくれよぉ?」


「ひっ!」


 フィアは知っていた。

 このような禍々まがまがしい翼を持ち、かつ人間に近い見た目を持つものがいる種族を。


 悪魔族デモルタ、フロラシオンでは悪魔と呼ばれている種族だ。


 悪魔族デモルタ生命力アニマを物体ではなくエネルギーとして行使する術を持つ、戦闘に秀でた種族だという。


 全員では無いが、その中には翼を持って生まれて来る者もいるという話だったはずだ。

 だが、名前こそ有名ではあるが近頃は母星から出て来る事もあまりなかったようなので、見る機会はほとんどなかった。


 それがまさか、このような場所で出会う事になるとは。


「さぁ、行くぞぉ。久しぶりだからなぁ。楽しみだなぁ」


 ひざを曲げて一気に跳躍ちょうやくしながら勢いよく翼を振る。

 ただそれだけで弾丸のようなスピードでジェルドーが迫る。


「あ、アイシクルネットッ!」


 声と共に氷を帯びた鎖が展開され、真っすぐに突っ込んで来たジェルドーを包み込む。

 そして、そのままジェルドーを氷漬けにした。


「やった!?」


 しかし、次の瞬間には氷は内側からの炎によって溶かされた。

 それを見てフィアは歯噛みしながら確信した。


 間違いない、今のは悪魔族デモルタの力だ。

 鎖が切り刻まれる。その双眸そうぼうが歪み、フィアを捉える。


 フィアの心がこれまで味わった事の無い恐怖と嫌悪感で乱れた。


「い、やあぁぁぁぁ!」


 咄嗟とっさに刀のつかに指を、みねに手を添えて渾身の力を込めて下方向に投げ放つ。メイリード流、彗星ほうきぼし


 しかし、そのメイリード流刀術、中距離最速の一撃は男の皮を薄く切っただけで躱されてしまう。


 フィアは彼我ひがの差を痛い程感じ取っていた。

 確実に相手の方が強い。完全に遊ばれている。


 ジェルドーは戦いを楽しもうとしており、それ故に油断もある。

 勝機はその一点のみだ。今いるメンバーでは自分が一番強い。

 そして、自分が負けたら雷人達には勝ち目がない。


 守る者の辛い所だ。逃げるという選択肢が無い。

 であれば、その中で活路を開く。開く事が出来るのは自分しかいない。


 フィアは深呼吸をした。

 何を考えているのかは分からないが、ジェルドーは気味の悪い笑みでこちらを見つめていて、今のところは動く気配がない。こちらを舐め切っている今が好機だ。


 心を鎮める。頭を冷静にする。

 邪魔でしかない恐怖は奥底に仕舞い込む。


 覚悟を、決めろ。


 目を閉じ神経を集中する。

 そして、目を見開いて刀を正中線に構えた。

 ジェルドーはそれを見て再び気味の悪い笑みを浮かべた。


「……悪くない。良い眼だぁ」


「ふぅー、さぁ! 来なさいっ!」


 フィアの声と同時、弾かれたように凄まじい速度で迫るジェルドーとフィアが空中で衝突した。

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