1-45 遭遇

 雷人は廃ビルの屋上から下を見降ろしていた。

 元々はこの辺りも栄えていたのだろう。五~十階建てのビルが数多く並んでいる。


 そんな中の五階建てのビルの下に大型のロボットが一体だけでたたずんでいた。


「やっぱり無防備だな。気付かれなきゃミサイルなんか積んでいても怖くないぞ。よっ」


 そういうと雷人はまるで階段の二段目から飛び降りるくらいの気軽さで屋上から飛び降りた。


「くらえっ!」


 そのままの勢いで落ちながら属性刀を取り出し、その周りを電気で覆う。

 そしてロボットの上に着地しながら、刃部の長さが二倍程にも伸びた刀を突き刺した。


 大型ロボットは突如として自分の上に現れた敵に暴れ回るが、雷人は刀にしがみついたまま離れなかった。ロボットは十秒程暴れたが、電流を流すと遂にその巨体が崩れ落ちた。


「よっと、ようやく倒れたか。ロデオにでも乗ってる気分だったな」


 危なげなく飛び降り巨体が横倒しになった衝撃をかわす。

 いつもならこれで終わりだが、なにせ今日は数が多い。


 すぐさま次の獲物を探そうときびすを返そうとした時、目の前に無防備に、かつ異質にそこに立つ男がいた。


 身長は百七十センチ台前半くらいだろうか?

 特別筋肉質にも見えない細身の男だが、その手には身の丈程もある巨大な大剣が握られていた。


 動きやすそうな赤を基調とした服を着ている。

 髪は切っていないのか男にしては長く、肩程の長さで無造作に垂れている。

 その目は獲物を見つけたへびのようにぎらついており、口は不気味な笑みを作っていた。


 こいつがあの時の人影だと、雷人は瞬時に理解した。

 また、その強さも感じ取ってしまった。


 戦ったわけでも無いのに分かってしまう。この男は、自分よりも強い。

 足が震えていたが、頭は驚く程に冴えていた。


 やるべき事は分かっている。

 すぐさま腕時計型端末を口元に持って来る。


「フィア……見つけた。敵だ、すぐに来てくれ」


「雷人!? 分かったわ! 私が行くまでやられるんじゃないわよ!」


「……当たり前だ」


 汗がにじみ出て頬を伝い、あごに溜まって地面に落ちた。

 雷人は無意識のうちに笑っていた。


 男の口が三日月形を保ったまま動く。

 あおるような声色で男は言い放った。


「良い眼じゃねぇかぁ。お前、雷使いのガキだな? 狙ってた奴とは違うが……、今呼んだのは炎と氷を使う女だよなぁ? それまで、準備運動程度には付き合ってくれよぉ?」


 その体がゆらりと揺れる。

 本能が逃げろと叫ぶが、恐らく逃げ切れない。立ち向かった方がまだましだ。


雷弾生成バレットチャージ


 雷人はすぐさま体の周りに雷弾バレットを展開、属性刀を両手で握って構えた。


「冗談だろ? そんな余裕吹き飛ばしてやるよ」


 雷人は地面をって前に出た。

 牽制けんせい雷弾射撃サンダーバレットを放つが少し体を振るだけで避けられてしまった。


 それでも電撃を放ちつつ、瞬間的に速度を上げて一気に切り掛かる。

 緩急をつければタイミングをずらして当てるくらいは出来るはず……!


「おせぇ」


 しかし、相手は何事も無かったかのようにふらりと電撃をかわし、何気なく道端に落ちている空き缶を蹴るような気軽さで蹴りを放つ。


「がっ! ゲホッゴホッ、ぁ……」


 見た目に反してその蹴りは重い。一瞬で意識が飛びそうになった。

 雷人はそのまま吹っ飛び、十メートル程も後ろに転がされた。


 最近は怪我をしないために体の周りに薄く電気の膜を張っているのだが、衝撃がそれをあっさりと貫通して届く。


 最近では自分の力にそれなりの自信を持っていた雷人だったが、ただの蹴り一発でそれは思い上がりだと悟らされる。


「……強い、な」


「当たり前だろ? ただの蹴りでビビってんじゃねぇよ。ほら、もっと俺を楽しませてくれ」


「……なぁ、邦桜を狙うのは何が目的だ? お前の酔狂すいきょうのためなのか?」


 雷人の質問にずっと笑っていた顔が突然無表情になった。

 たったそれだけで周りの温度が一気に下がったかのような寒気に襲われる。


 体が震える。

 これは、恐怖か?


「邦桜だぁ? ……あぁ、ここの名前か、んなもん知るかよ。俺は傭兵だからなぁ。金を貰って代わりに戦う。それだけだ。だがよぉ、一方的に蹂躙じゅうりんするのも悪かないが、抵抗が無いとやっぱり張り合いが無いだろぉ? だからもっと本気で来てくれよ。なぁ?」


 傭兵、傭兵か。なるほど黒幕は前には出て来ないわけだ。

 ロボットを使っている時点でその可能性は考えていたが、どうやら危険をおかすつもりは無いらしい。


 しかし、それよりも雷人は目の前の男に腹が立っていた。

 傭兵であることにとやかく言うつもりはない。フィア達だって似たようなものだ。


 しかし、目の前の男はそれを楽しんでいる節がある。

 他人を不幸におとしいれて楽しむ。悪役のテンプレのような男だ。

 物語じゃない、現実に存在するそれに言いようの無い苛立いらだちが込み上げる。


 苛立ちが恐怖に勝ったのか、体の震えが止まった。

 もはやこれを放っておく事は考えられなかった。


「分かったよ。望み通り本気でやってやる。覚悟しろ!」


 俺はまた真っすぐに駆け出した。

 それを見て相手の男はがっかりしたような表情を浮かべた。


「何だよ。切れて無策むさくの突撃かぁ? 芸がねぇじゃねぇかよ」


 男は無造作に持っていた大剣を振り上げ、振り下ろす。

 その瞬間に合わせて雷人は一気に放電した。


「っ!」


 目暗ましをまともに食らった男がうめく。

 振るわれる大剣を跳び上がるようにして躱し、空中に壁を作り出して男の側面に着地した。


 安易に相手の背後は取らない。そして、そのまま側面から切り掛かる。

 決まると確信していた。しかし、その攻撃は引き戻された大剣に簡単に弾かれた。


「なっ!?」


 驚く俺を見て男が見下すように笑う。

 視界を奪ったつもりだったが、男は片目を閉じて片目を開けていた。


「悪くはねぇが、所詮は子供だましだなぁ」


 そのまま振り下ろされた大剣を辛うじて属性刀で受けるが、そのまま数メートルは吹き飛ばされ、廃ビルの壁に背中から叩きつけられる。


 大剣を肩に担いだ男が余裕の表情でゆっくりと歩いて来る。

 なんとか立ち上がろうとするが、全身に激痛が走り体が動かない。


「それにしても弱ぇなぁ、お前。見え見えのえさには釣られるし、口ばっかだしよぉ。肩慣らしにもならねぇじゃねぇか。ちっ、じいさんが強い奴らに宝探しを邪魔されるっつうから仕事を受けてやったってのによぉ。あの女は少しは出来るんだろうなぁ? これでしょうもなかったら、ぶっ潰すだけじゃなくて報酬もふんだくらねぇと気がすまねぇよ」


「宝……探し……?」


 雷人が黒幕の目的らしき言葉を聞き返すと、男がにやりと笑った。


「おっといけねぇ、俺とした事がうっかりしゃべっちまったぁ。これは、口封じに殺しておかねぇとなぁ?」


 そう言って男は目の前まで来ると大剣を真上に振り上げた。

 体がまだ上手く動かない。こんな所で、と雷人が思いながらにらみつける。


 そして、男が大剣を振り下ろす。

 反射的に目をつぶってしまうと、何やら金属音が聞こえた。


 恐る恐る目を開けると大剣には鎖が巻き付いており、男の動きを封じていた。

 りんとした少女の声が響く。


「随分とチンピラみたいな輩がいたものね。仲間がやられた分はきっちり返させてもらうわよ!」


 声のした方向に目線を向け、男が口角を上げる。

 男は攻撃を止められても余裕の表情を崩さない。


「ようやく来やがったか。待ってたぜぇ。俺はお前とやるためにここまで来てやったんだからよぉ。あっけなくやられんなよなぁ?」


 男が無造作に大剣を引っ張ると鎖が外れ、大剣が自由になる。

 フィアが一瞬驚いたような表情を浮かべた。


「……やっぱりというか。性格がこんなでも強いわね。雷人、あなたはロボットを倒しに行きなさい。今のあなたじゃこいつには適わないわ」


 分かっていた事だが実際に口に出されるとくるものがあるな。

 しかし、ここにいたら邪魔なのは確かだろう。痛む体にむちを打ち、すぐに後ろに向かって走り出した。


「良い判断だぁ。お邪魔虫じゃまむしがいなくなって、これでお前も本気でやれるよなぁ?」


「あら、気を使ってくれたの? 良い所も少しはあるじゃない。でも、そんな余裕を見せたことを後悔させてあげるわ」


「はははははぁ、それは楽しみだ。是非とも後悔させてくれよぉ」


 フィアが殺気を男に向けるが、男はひるむ事もなく、あざけるような声で返す。フィアの白く綺麗なその首筋を緊張の汗が流れ落ちた。

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