1-29 現状把握はこの目でします

 ひび割れた道路、周りに立ち並ぶ寂れたビル群。

 いかにもな廃墟地帯にあるビルの屋上に一人の少女が立っていた。


 ビルの間を駆ける風に黒いローブとマフラーをなびかせる少女、フィアは遠くに見える大きな空間のゆがみ、いわゆる転移ホールをながめていた。


「人型が三十四……いや三十六かな? さらに大型が三……。何よ、今回は随分ずいぶんと多いじゃない。それに二手に分かれて向かって来てる。一人での対応はちょっと不安ね。雷人達の仕上がりはまだまだだけど、少ない方の足止めくらいなら任せられるかしら?」


 彼女が現在の状況を確認していると後ろに光が出現した。

 彼女は振り返りその光に対して話しかける。


「来たわね。特訓を始めて以来の初陣ういじんよ。前とは段違いに戦いやすくなってるはずだから、その身で感じて来なさい……って」


 フィアは目の前の状況に理解が追い付かなかった。

 自身の弟子である少年はこれから戦おうという時に見知らぬ少女と抱き合っているのだ。


 意味が分からなかった。

 自然と顔が引きつる。


「……雷人、空。これは一体どういうことかしら?」


「あっ、フィア! 待て、そういうんじゃない。断じて違うぞ。唯、頼むから離れろって、フィアの顔が凄く怖い感じになってるからさぁ!」


 *****


「というわけで、この人は友人の朝賀唯。この間一応会ってはいるはずだけど」


 俺は特に自分が悪い事をした記憶など無いのだが、理不尽にもフィアのビンタを食らう羽目になった。身体強化は勘弁してくれたみたいだが、地味に痛い。


「なるほど……あの時の子ね。私はフィア・ライナックよ。この前は突然の事で挨拶あいさつも出来なくてごめんなさい。でもここはこれから戦場になる危険な場所だから、どうかお引き取りを」


 話をちゃんと聞いてくれたフィアだが、現状あまり時間に余裕があるわけではない。


 こうしている今もロボット達はこっちに向かって来ているのだ。

 フィアの機嫌きげんがだんだんと悪くなっている事に雷人はハラハラしっぱなしである。


「そういうわけだ。唯、さっき言ってた通りまた明日にでも話し合うってことで。今日は……な?」


 あっちにこっちに気を遣って雷人としても居心地が悪い。

 空もさっきから苦笑いしながら黙っている。


 どうにか穏便おんびんに済ます方法は無いだろうか? などと考えているとようやく唯が口を開いた。


「二人から現在の状況は聞きました。友人として私も力になりたいと考えていますが、何分重大な決断だという事で一度しっかりと考える事になりました。ですが、私はその決断をするには伝聞のみでは不十分だと思うんです。ですので、この機会にこの目で現状を把握したいと思ってここに来ました」


 フィアはもっともらしい理由を口にする唯をにらみつける。


「……これは遊びじゃないのよ? すぐに、それこそ今日にだってあなたは死ぬかもしれないわ」


「私は本気です。それに今日は見ているだけ、自分の身は……自分で守ります」


 フィアは試すかのように唯をにらみつけるが、唯はその目に強い決意を覗かせている。少しの沈黙の後、フィアが観念したかのようにため息を吐いた。


「はぁ、雷人といいあなたといい……。無駄に頑固な人が多いのね。もう、しょうがないわね。いてもいいけど、一つ条件があるわ」


「何でしょうか?」


 唯がごくりと唾を飲み込むのが分かる。

 緊張が走る中、フィアの口が開く。


「あなたは私と一緒に来ること。それが条件よ」


「……ありがとうございます!」


 唯が頭を下げる。

 どうやら丸く収まったようで良かった。


 フィアはなんだかんだで人の決意を尊重してくれる。

 甘いといえば甘いのだが、今回は唯の度胸どきょうが凄いというべきだろうか。

 その後、フィアの一声で簡単なミーティングが始まった。


「シンシア、地図をお願い」


「りょーかいです!」


 元気な声と共に四人の前に大きなこの一帯をしたホログラムが表示された。

 唯は驚いているが俺達二人はもうこのくらいでは驚かない。


「今回の敵は人型三十六、大型三よ。私達が死守するのはここ、ラグーンシティに繋がる橋ね。ここを渡られる事を阻止するわ。相手は左右に分かれて橋を目指してる。左が人型二十四と大型二、右が人型十二と大型一。私が数の多い左側を担当するから二人は右側を頼むわ」


「分かった。二日間とはいえみっちり特訓したからな。腕試ししてやる。……そういえば空の特訓は間に合ったのか?」


「まだまだだけど……、でもやれるよ。僕だって見てるだけじゃいられないからね」


 空の真剣な表情に雷人は「分かった」と告げる。

 もし空が危険な目に遭いそうなら、その分まで俺がカバーするだけだ。

 特訓前だってやれたのだから出来ない事は無いはずだ。


「二人とも無理はしないようにね。こっちが終わり次第すぐに駆け付けるから、それまでもたせてくれれば十分よ」


 四人はお互い頷いて立ち上がった。


「奴らの侵攻を阻止するわよ!」


「おおっ!」


 掛け声と同時に雷人達は二手に分かれて走り出した。

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