1-23 暴風の中に身を任せ

 あれから雷人は異空間収納の指輪スキルリング

 空は異空間収納の指輪スキルリングに加えて、身体能力強化の指輪スキルリングを貰って今はホーリークレイドル内の第四訓練室という場所に来ている。


 ここには前の仮想訓練室とは違ってただ単にだだっ広く何もない部屋があるだけだ。

 特徴的な所と言えば訓練室自体は小さく、中には十の扉があるだけなのにそれを開けると広い空間があるという所か。


 フィアが言うには空間拡張を行ったのだとか、俺にはどうやっているのか理解が出来ない技術だ。

 今ここには雷人、空、フィアの三人に加え、仕事が終わったらしく合流したマリエルさんも来ている。


「それじゃあ始めましょうか。いい? 敵がいつ来るかは分からないけど、これまでの頻度から考えると明後日には来ると思うわ。でも私達にはあなた達を死なせない義務がある。だからそれまでに最低限戦えるようになってもらうわよ!」


 フィアは雷人と空を正座させ、なぜか眼鏡をクイクイっと指で押し上げながら言う。


「何で正座……、というかフィアって目が悪かったのか?」


 雷人の言葉にフィアはフフンとでも言いそうな感じで、両手を腰に当てて胸を張った。


伊達だてメガネに決まってるじゃない! ほら、この状況ってなんか教師っぽいじゃない?」


「あはは、確かに僕達に今から教えるんだから先生なのは間違ってないね」


 フィアのイメージがどんどん変わってくる。

 最初は出来る人って感じだったけど、意外とお茶目ちゃめな一面がある。


 段々とめっきががれていくな。

 可愛いからいいんだが……いや、もしかしてお茶目なんじゃなくて場をなごませて緊張させまいとしてるのか?


「やっぱりフィアは可愛いかなー。フィアってば教える側になるのが初めてだからはしゃいでるのよ。形から入る辺りがフィアらしいかなー」


「ちょっ、マリエル姉さん!? はしゃいでるとかじゃないから! 真剣にやってるわよっ?」


 慌てているという事はやっぱりはしゃいでいたようだ。

 フィアは咳払せきばらいを一つした。


「こほん、というわけでこれから訓練を始めるわ。それぞれ課題が違うから雷人は私、空はマリエル姉さんにお願いします。許可が出なければ戦闘への参加は認めないから頑張るように……返事は?」


「はいっ! 宜しくお願いします!」


 二人は大きな声で返事をして空気を読んで敬礼をした。



 *****


 そして、それぞれ別の部屋に分かれて訓練が始まった。

 一応荒事あらごとの経験がある俺とは違い、空は能力の制御や体作りから始めるようだ。


 こちらはといえば、向かい合う俺とフィア。

 フィアは両手に刀を握っているが、俺は何も持っていない。


「よし、じゃあ始めるわよ」


「ちょっと待て」


 刀を構えるフィアに手の平を向けてストップをかける。

 よしじゃない! 何にもよしじゃないぞ!


「何よ? 早く始めようっていうのに。そんなに時間は無いのよ?」


 不服そうにしているフィア。


 しかし、俺は何も説明を受けていないのだ。

 何をするのかくらい説明をしてくれ……!


「えっと、多分戦闘訓練なんだと思うが、何を目的とした訓練かくらいは聞いといた方が良いんじゃないかと思って……ひっ!」


 次の瞬間、ヒュンっという音がして何かが顔の横を通り過ぎた。

 そして、後から来た強い風圧に無意識に後退あとずさる。


「あっぶな! えっ何?」


荒療治あらりょうじよっ! これから雷人にギリギリ当たらないように全力で刀を振るわ! その速さに慣れなさい!」


「え……まさかこれをずっと受けるのか!? 慣れるどころか全然見えなかったんだが!?」


 突然の事態に驚愕きょうがくを禁じ得ない。


 というか、やっぱり試験の時は手加減してくれていたのか……。

 風圧が無ければ刀を振られたかどうかさえ判別出来ない。


 顔から冷や汗が出て地面に流れ落ちる。


「心配しなくても大丈夫よ。最初から見えるとは思ってないわ。私も最初は見えなかったし。でも本当に慣れるから安心して。あぁマリエル姉さんとの稽古けいこを思い出すわ……」


 そう言いながらフィアが上を向いて思いをせる。

 あの人が原因かあああぁぁぁ!


 これはさすがに文句を言わなければなるまい!

 俺は強くはなりたいが死にたくはないのだ。


「やっぱり危険だ! もっと別の方法を……」


 一歩前に踏み出そうとするとまたヒュッという音が聞こえ、今度はほほが浅く切れた。

 血がほほを垂れる。傷口のじわっとした熱さが最大限の警告を発していた。


 ……血の気が引くのを感じる。


「危ないわね。もう動いちゃ駄目よ? 当てるつもりはないけど、変に動いたら当たっちゃうんだからね」


 フィアは可愛らしくニコッと笑って見せたが、それは恐怖しか与えてくれなかった。

 ヤンデレってこんな感じかなぁ?


「……はい、すみません」


 あぁ……俺、死ぬかもな。

 雷人は諦めた表情で目の前で荒れくるう暴風にただ身を任せるのだった。

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