1-9 反抗期の姉妹

 フィアの叫びから数分。

 部屋にある四角い机を挟んで、向かい合うように置かれたソファに皆で座っていた。


 なぜか俺が真ん中で右には黒髪ボブカットの少女、フィア・ライナックさん。

 左には青っぽい色の髪で後ろ髪を一本に纏めた女性、シンシアさん。


 向かい側には美しい金髪のマリエル・メイリードさんと耳が特徴的なフォレオ・シレーナ・ライナックさん。


 そのような配置で座っている。

 今は状況の整理と簡単な自己紹介をした所だ。


「で……二人は仕事があって今日は帰らないんじゃなかったっけ?」


 フィアさんが心底疲れたといった表情で尋ねた。

 どうもこの二人と俺が遭遇そうぐうするのは想定外だったようだ。


「本当は今晩一杯くらいまで掛かる予定でしたけど、相手がしびれを切らして突っ込んで来たんですよ。でも良かったです。面白そうな場面に立ち会えましたから。誤認逮捕とか、いけないのですよ」


 フォレオさんが手をひらひらさせて笑うと、フィアさんが「仕方ないでしょ」と気恥しそうに返事をした。


「フォレオ、フィアを揶揄からかわないの。全く、二人はいっつもこんな感じかな。でも悪い子達じゃないから、どうぞ宜しくお願いしたいかなぁ。それにしてもフィアが男の子を連れて来るなんて、マリエル姉さん感激かな」


「フィアは友達もろくにいませんしね。もうゾッコンなんです?」


 などと、涙ぐむマリエルさんと揶揄からかっている様子のフォレオさん。

 それに、フィアさんも負けじと言い返す。


「友達がいないなんて、フォレオだって同じでしょ! っていうか、二人とも本当に私の話聞いてた!?」


 何となく、この三人のお互いに対するスタンスは理解出来た。


 このくらいなら普通の姉妹って感じでもあるが、どことなく壁を感じるのはなぜだろうか?

 フォレオさんの声色が、茶化しているにしては落ち着いているからそう感じるのだろうか?


「まあまあ、フィアさんもフォレオさんも落ち着いて、仲良く、仲良く」


 とりあえず、そんな中に放り込まれた身としては落ち着かないので、ヒートアップし過ぎないように取り持とうとする。


 すると、それ以上は抑えてくれたようで、前のめり気味だったフィアさんはソファにもたれ掛かった。


「……さんはいらない。フィアでいいわ。あとタメ口ね。多分年も大して変わらないでしょ?」


「うちもフォレオでいいですよ。よろしくお願いしますね。お兄さん」


 フィアは不機嫌そうに手を頬に添えて、フォレオは笑顔で言ってくる。

 どうやら喧嘩けんかには発展しないようなので、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあお言葉に甘えて、二人ともよろしく。それにしても二人はあんまり似てないみたいだけど、姉妹だったんだな。そのライナックっていうのは名字なんだろ?」


 俺がそう言うと二人の間に少し剣呑けんのんな空気が流れたような気がした。

 ヤバい、地雷を踏んだ気がする。


 もしかして、腹違いって奴だったりする?

 俺が冷や汗を流しているとフィアが口を開いた。


「まあ、そうね。ライナックっていうのはパパの家名だから。フォレオは家族よ」


「……そうですね。うちらは血の繋がりがあるわけでは無いですけど」


 ……やはり触れてはいけないたぐいの話だったようだ。

 こういう問題は外野が何も考えずに踏み込んでいい問題では無いだろう。


「悪い。知らなかったとはいえ失礼な事を聞いたな」


 俺が謝るとフィアがそっけない風に返事をする。


「別に私達はそんなに気にしてないから、謝る必要は無いわ」


「そうそう二人はちょっとした反抗期みたいなものかな。姉妹ではよくある事でしょ? 七年くらい前までは二人ともすっごく仲が良かったかなぁ。寝るのも一緒、お風呂も一緒、たまにはトイレだって……」


「さすがにそれはないわよ!? (ですよ!?)」


 二人は同時に突っ込んだ。

 案外息はぴったりだけど、七年も前ならちょっとした反抗期ではないんじゃないか?


「ほら二人ともはもっちゃって、可愛いかな!」


 マリエルさんはホンワカといった感じの笑みを浮かべ、二人は顔を赤らめながら顔を背けている。


 まぁ……うん、そうだな。確かに可愛い。


「世間話はもういいわよね! 事情の説明も終わったし、雷人、あなたを家まで送るわ。そしたら今日のことは忘れて他言はしないこと。良いわね?」


 フィアが立ち上がり俺を見てそう言った。

 今このまま帰れば、恐らくもう彼女達と関わる事はないのだろう。


 そうなれば、例の邦桜に危機に関わる事も無いはずだ。

 だが、俺はやはり今日の事を見なかった事には出来ないと思った。


 国が機密として抱えている問題に首を突っ込む事は危険だろうし、ともすれば自殺行為だ。それに俺が何もしなくてもフィア達が解決して、事なきを得るものなのかもしれない。


 でも、俺は知ってしまった。その事実は簡単には無くならない。

 折角せっかく関わったのだから、俺は俺に出来る事をしたいと思うのはおかしなことだろうか?


「待ってくれ。今、邦桜に危機が迫ってるんだろ? だったら、俺にも手伝わせて欲しい」


 そう言った瞬間、その場にいたそれぞれが各々違う表情を浮かべた。


 シンシアさんは驚き、フォレオは笑みを浮かべ、マリエルさんは目を爛々らんらんと輝かせ、フィアは呆れたような表情をした。


 そして、フィアは俺の顔を覗き込むようにして目を合わせて来た。


「あのね、自分が今何を言ったのか理解してる? これはいつ死んでもおかしくない。そんな危険な仕事なのよ」


「そうだろうな。さっきも君に助けられなかったら死んでたと思う」


「そうでしょ? だから止めておきなさい。この件はあなたが何もしなくても私達でちゃんと解決するわ」


 あぁ、そうだ。彼女の言う事は正しい。

 だけど、俺は思ってしまったんだ。これはチャンスなんじゃないかって。


 俺は昔、事件に巻き込まれて特殊治安部隊スキルナイトの隊員に助けられたことがある。恐らくそれが原因だと思うが、俺には誰かを守りたいと考えていた時期があった。


 子供がヒーローに憧れる。

 よくある話だが、俺の中にもそんな気持ちがあったんだ。


 だけど、俺は諦めてしまった。

 理由は単純、俺は自分の能力に自信が無かったからだ。


 だけど、今回の一件で俺は自分の能力の新たな可能性に気付けた。

 自分のイメージした形に電気を固定出来る。しかも、銃弾を弾ける程度にはしっかりと固定が出来るのだ。


 今の俺ならば、事件の解決の手助けが出来るんじゃないのか?

 かつてのヒーローへの憧れが実現するんじゃないのか?

 これまで惰性で生きて来た俺の心に、火が付いたのを感じた。


 これはチャンスだ。

 ここで動かなくて、一体いつ動くというのだろうか?

 目の前に現れた夢は手を伸ばせば届くのだ。


「待ってくれ」


 そう思うと口は勝手に動いていた。

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