1-5 初めての手錠

 炎が少女の持っていた剣を覆った。

 氷だけじゃなくて炎も使えるのかと驚いたが、今はそんな事を言っている場合ではないので目の前の敵に集中する。


「そっちは任せるわよ!」


「あぁ!」


 俺達はお互いを背に目の前のロボットに向かって駆け出した。


 ロボットは剣を持ってはいるが、その動きは単調でしっかりと見ればかわす事は難しくない。

 少し大げさになりつつも、しっかりと振り下ろされる剣を躱してロボットに近接する。


 そのまま電流で動きを止めると剣を持つ腕を刃で切り飛ばし、続けざまに胴体から真っ二つに切断した。


 次に左から突っ込んで来たロボットの斬撃を空中に盾を作り出して受け止める。


 攻撃が防がれて体勢を崩した所を殴りつけ、一気に電流を流し込んでショートさせる。

 するとロボットはすぐに動かなくなった。


「よし大丈夫だ……俺でもやれる」


 残りのロボットを倒そうと後ろを振り返ると、ちょうど少女が最後の一体を炎剣で焼き切って切り倒したところだった。


 少女はこちらを振り返るとニッと笑って見せた。

 そのあどけない笑顔を見るとやったんだという実感がいて来る。


 それにしても見た事のない少女だ。

 同年代にここまで強い能力を持った子がいるとは知らなかった。


 あの巨大ロボットを氷漬けにしたり、炎を帯びた剣で焼き切ったり、二つの能力を持つ人の話は聞いた事がない。


 恐らくどちらの現象も起こせるような能力なんだろうが、変わった服装といい謎の多い子だ。


 これほどの実力があるなら同じ学校の可能性が高いし、うわさくらい聞いた事があってもおかしくないと思うのだが……。


 何はともあれ、これで片付いたと思っていいのだろうか?

 俺は少女の方へと歩いていく。


「改めて、助けてくれてありがとな。いきなりロボットに襲われるとか、未だに現実感がまるでないけど。とにかく、何とかなって良かったよ。君のおかげだ」


 そうやって声を掛けるが、事件も終わったというのに少女はまだ油断のない表情でロボットを指差し確認していた。


 ロボットの数を数えてる? もしかして、まだ残りがいるのか?

 そう考えていると、少女は周囲に視線を飛ばしながら言った。


「……まだ一体足りないわ。どこかに隠れているはず。すぐ確認するけど警戒はおこたらないで」


 そう言った彼女の後ろ、ビルの窓が光った気がして俺は咄嗟とっさに叫んだ。


「危ないっ!」


 少女の体を引き寄せ抱き留めると、飛来した弾丸が少女のいた位置に着弾した。

 そして少女が即座に腕を振りあおぐとロボットは瞬時に氷漬けとなった。


 それを見てホッとしたところで自分が無意識に少女を抱き締めていた事に気が付いた。

 少女もそれに気付いたようで、顔を赤く染めると少し加減した感じで俺を押しのけた。


「あ……と……こっ、今回は助かったわ! ありがとう」


 少し上ずった感じで話す少女。

 その緊張がこっちにも伝わってくるようで、俺は緊張しているのが顔に出ないように努めた。


「えっと……本当に迷惑かけた。怪我をさせて悪かったな。あ、そうだ。俺の友達は傷を治せる能力なんだよ。すぐに治してもらおう。空ー、もう大丈夫みたいだからちょっとこっちに来てくれ」


 するとそれを聞いた空が朝賀さんと一緒にこっちへ走ってくる。

 しかし、それを聞いた少女はなぜか少し慌てた様子だった。


「へ? あっ……ちょっ、能力って、ちょっと待ちなさいよ!?」


「は? 何で……って、何これ?」


 ガチャっという音がし、見ると手首に手錠のようなものが掛けられている。

 いや、ような物というかこれ完全に手錠だ。


 悪い事をして警察とかに捕まった時に掛けられるあれだ。

 え? 何で!?


「えっと、これって手錠? 何でこんな物を……というかこんなのを持ち歩いてるなんて、まさかそういう趣味なのか?」


 俺は状況を理解出来ずに恐怖を感じ始めた。

 さっきの恐怖よりはマシだが、これはこれで怖い。


 空と朝賀さんも目の前で起きている事態を理解出来ないらしく、手錠と彼女を代わる代わる見ながら立ち尽くしている。

 すると、そんな俺達の視線を不思議そうに見ながら少女がよく分からない言い訳を始めた。


「こんな格好だから分からなかっただろうけど、私はポリヴエルの関係者なの。心苦しいけど、能力を使ってるのを見ちゃった以上は何もしないわけにもいかないのよね」


「ぽり……、何だって?」


「宇宙警察の事よ。まさか知らないとは言わせないわよ?」


 宇宙警察? 何だそれ。

 能力を使ったからって言ってたか?


 確かに能力の使用には許可がいるけど、使っただけで警察に捕まったりはしないはずだ。

 というか……。


「よく分からないけど、俺は能力使用の許可は貰ってるし、それに君だって使ってただろ?」


 俺が抗議すると少女は何をといった感じで肩をいさめる。

 コホンと一つ咳払いをした。


「さっきも言ったけど、私は宇宙警察ポリヴエルの関係者なの。それで、あなたはどこから許可を貰っているって?」


「は? どこというか、生徒会長からだけど」


 それを聞くと少女は怪しむような表情になる。

 じろじろと、視線がこちらの顔を舐め回す。


「せーとかいちょー? 何それ、聞いた事無いわよ。はぁ、このままじゃらちがあかないわね。一度帰って話を聞きましょうか。ちょっと同行してもらうわよ」


「ちょっ、同行ってどこ行く気だよ」


 そう言って俺を引っ張ろうとする少女に、これまで呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた二人がようやく声を上げた。


「ちょっと待ってよ。さっきから言ってる事が全然分からないんだけど。宇宙警察? 逮捕? 確かに助けてもらった事には感謝してるけど、これ以上は見過ごせないよ」


「そっそうです! 話が見えません! 一度の能力の使用、しかも悪質なたぐいのものではありません。緊急事態だったのに無理やりだなんて、納得出来ません。警察だとしてもこのような対応はどうかと思います!」


 それを聞くと少女は頭をきながら困ったような顔をする。


「いや、この対応は普通だと思うんだけど、……どうしたものかしら。そうね……手錠はしてるけど別に逮捕するじゃないわ。悪質なものじゃないのは私も分かってるし、少し話を聞いて、厳重注意くらいで済ませられるはずよ。だから、前科も付かないし心配ないわ。ただ、やっぱり恰好ポーズは必要なのよね。規則はやっぱり守らないと」


 うーん、この子はどうしても引き下がる気はないようだ。

 もう面倒臭いから付いて行ってさっさと満足してもらった方が良いのでは?

 そんな風に思い始めたところに何者かがこちらへ歩いてくる音が聞こえた。


「はぁ……今回も結構派手にやりましたね。段々と激しくなってるんじゃないですか? 後処理をする私の事も考えてくれると……おや? 今日は一人じゃないんですね」


 見ると黒髪に黒い眼鏡、爽やかそうな雰囲気をもつ青年がこちらへと歩いて来ていた。

 この人どこかで見たような……って。


「夕凪先生? どうしてこんな所に」


 夕凪先生は立ち止まり俺、空、朝賀さん、そしてローブの少女の順に見ると口に手を当てて少し考え込む。そして顔を上げるとポンっと手を打った。


「あぁ! どこかで見たような顔だと思えば、学校の生徒達ですか。いえ、すみませんね。まだ一日も経ってませんし、うろ覚えなのは勘弁して下さい」


 突然の先生の登場に一瞬全員が凍り付いたかのようになるが、空はいち早くその状態から脱すると先生に助けを求めた。


「先生、良い所に。そこにいる彼女が雷人を逮捕するとか言って連れて行こうとするんですよ。先生からも止めるように言って下さい!」


 夕凪先生はそれを聞き、現在の状況を何となく察したような顔をすると少し険しい表情になった。


「これはこれは、少々面倒なことになりましたね」


「ユーギナ」


「はいはい。分かっていますよ。私は二人を侵入不可区画の外まで送ったらすぐにそちらに向かうことにします。詳しい話はその時に」


 そう言うと夕凪先生は空と朝賀さんの背中を押して歩き出そうとする。

 え? 助けてはくれないのか? と言うか二人はもしかしなくても知り合い?


「ちょ、ちょっと待って先生。何でそうなるのさ? そうじゃなくて雷人を助けるんだって」


「はっ離して下さい。教師が取るべきなのはこのような行動では無いはずです!」


「はいはい、ややこしくなるので大人しく付いて来て下さいね」


 二人は先生の手から逃れようとしているが、先生はそれを許さず手を掴んで引っ張って行く。


 状況はよく分からないが、どうやら先生はこの少女と面識があるようだ。

 手錠も外せないし、付いて行くしかないか……。


「はぁ……分かった。付いて行くよ。それで? どこに行くんだ?」


 俺が堪忍かんにんしたのを見ると少女は微笑んだ。


「うん、よろしい」


 そして、少女は腕に着けていた時計のような物を口元に持ってくると、それに話しかけた。


「聞こえるシンシア? 転送お願い」


 するとその時計のような物が通信機の役割を果たしているらしく、元気な声で返事があった。というか……転送?


「はいはい、聞こえてますよ。ちょーっと待ってて下さいね。……よし! じゃあ行きますよ。転送っ!」


「え……っちょ!?」


 その時、突然視界が真っ白になった。

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