1-3 未知との邂逅

「はぁ、この雑用係はいつまで続くんだろうな」


 案の定、生徒会からの依頼は不良退治という雑用だった。

 何でも不良のグループが侵入不可区画しんにゅうふかくかくにたむろしているから追い出して欲しいとの事で、俺はその場所に向かっていた。


 侵入不可区画はラグーンシティの一番外側、長い橋が架かっていてその先にあった。


 昔は人が住んでいたらしいが、何年も前に事故が起きたとかで住民は退居させられ、以来ずっと立入禁止となっているらしい。


 町から隔絶かくぜつされているさびれた町という印象のその区画は、いかにも不良の好みそうな雰囲気がある。


 橋の上を歩きながら俺は一人ため息を吐いていた。

 何人いるかも分からない不良を相手にする以上は能力を使わなければならないが、正直雷人は自分の能力にあまり自信を持っていなかった。


 雷人の能力は電気を生み出して操作するというかなりオーソドックスなものなのだが、普通の電気使いが出来ることが雷人には出来ないのだった。


 電気の能力は基本的に、電撃による攻撃、電気製品の操作、電気への干渉などが出来る能力だ。

 しかし、雷人は電撃による攻撃は出来るものの、電気製品を操作しようとすれば煙を吐いて爆発するし、他人の出した電気やコンセントの電気に干渉かんしょうする事も出来ないのだ。


 操作出来るのは自分の出した電気のみ。代わりに他の電気使いが雷人の出した電気に干渉する事も出来ないのだが、不便であることは否めなかった。


「何だか学校にはなぞに評価されてるけどさ。電気製品が壊れるのは出力が高いからじゃないかって、それって上手くコントロール出来てないって事じゃないのか?」


 これまで大丈夫だったのだから問題ないとは思うが、もし出力が問題なんだったら不良退治に使うのも結構怖い。


 相手が不良だからって殺してしまうのは論外だ。

 だから、かなり慎重しんちょうに能力を使う必要があって疲れるのだ。


「あー、着いちゃったか」


 そうこう悩んでいると侵入不可区画に着いてしまった。

 俺は立入禁止と書かれているテープを持ち上げて中へと入っていく。


「……ここが侵入不可区画か。初めて来たけど……随分ずいぶんと荒れてるな」


 見ると周りには崩れたビルの瓦礫がれきなどが散らばっていて、ほとんどの建物が廃墟同然だった。


 アスファルトはひび割れているし、廃墟の壁には弾丸でも撃ち込んだかのような跡がたくさんあった。


 不良がたむろする場所としてはなるほど、確かにお似合いなのかもしれない。


 うーん、こんな跡が残っているのなら、何らかの能力を使用した戦闘があった可能性を考えるべきだろうか?


 不良になるような奴に高レベルの能力者はあまりいないはずだから気にする必要はないとは思うが、万が一があるかもしれないしな。


「……少し慎重に行くか」


 雷人は付近の三階建ての建物の壁にさっと寄ると、建物の中に侵入。

 見つからないように建物の中を通り、窓を通って次の建物へ移動するのを繰り返して進んでいく。


 そのまま周りを警戒しながら進んでいくと、前方から銃声のようなものが聞こえた。

 びっくりした雷人は身を隠しながら外の様子を確認した。

 すると、何やら土煙が上がっているのが見えた。


「嘘だろ? 今のって銃声だよな。ただの不良が銃なんて持ってるのか?」


 ここは超能力者が通う学校の集まる島、ラグーンシティ。

 能力を使用して暴れる者が現れる事はあっても、銃声を聞く機会などない。


 まさか、銃を生み出すような能力を持った不良がいるのだろうか?

 廃墟の壁の弾痕だんこんが思い返され、あながち否定も出来ずに口を結んだ。。

 もしそうだとすれば一層油断する事は出来ない。


 発砲しているのが事実であれば、一介の学生である俺の出る幕などない。

 生徒会や特殊治安部隊スキルナイトに報告して終わりだ。


 とはいえ間違った情報を報告するわけにもいかないので、とりあえず発砲している所か銃の存在は確認したいな。くそ、いつもよりも面倒な事になりそうだ。


 そう思いながら音のする方へ進んでいくと、外の道路を不良が数人、慌てふためきながら走っているのが見えた。


 俺はすぐに建物内部から外の様子を確認、銃を持っている奴がいないのを確認してから手近な不良の前に飛び出した。すると不良は腰を抜かして身構えた。


「な、何だってんだよぉ! くそっ! やろうってのか!」


「おい落ち着け。俺はあの銃声とは関係ない。一体何があったんだ?」


「し、知らねぇよ。いきなり変なロボットが襲ってきやがったから、逃げて来たんだよ!」


「ロボット? 能力者が暴れてるんじゃないのか?」


 俺が質問をした次の瞬間、奥の方で大きな爆発音が響いた。

 それを聞いた不良達はビクッと震えた後、悲鳴を上げながら弾かれたように逃げ出してしまった。


「あ、おいっ! くそ、一体何が起きてるんだ!?」


 何が起きているのかさっぱり分からないが、何にしても異常事態だ。

 さっきの不良の話を信じるのなら、相手はロボットで銃を発砲している可能性が高い。


 この目で確認は出来なかったが、特殊治安部隊スキルナイトに通報するには十分なレベルだ。

 だとすれば、もう俺の出る幕もないだろう。これ以上とどまれば巻き込まれて死んでしまう可能性も高くなる。


 そう判断した俺は不良達にならってその場を離れようとした。しかしその時、背後でまた爆発が起きた。まさか、さっき言ってたロボットか? もう見える距離に来ているのなら、逃げている背中を撃たれる危険がある。


 俺の電撃ならロボットくらい壊せるはずだ。

 どうする、むかえうつべきか、逃げるべきか。


 舞い上がる土煙をにらみつけながら決めあぐねていると、どういうわけか後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「おーい。雷人ー!」


 見知った二人組が走って来た。

 あれは空と……朝賀さん?


「二人とも何でこんな所に……!」


「いやぁ、偶然案内してる時に生徒会室の前を通ってさ。悪いとは思ったけど、何をしてるのか気になったから話を盗み聞いたんだ。そしたら朝賀さんが心配だって言うから一応付いて来たんだけど……」


「二人とも、そんな悠長ゆうちょうに話している場合ではないです! 爆発! 爆発が起きているじゃないですか! ここにいたら危険です! 早く逃げましょう!」


 朝賀さんが爆発が起きている方向を指差しながら真剣な表情で言う。

 その剣幕に少し圧倒あっとうされて一歩後退あとずさってしまう。


 先程までは迷っていたが、逃げる方へと心が動く。

 そうだ、確かに能力は使えるけど、それでも俺はただの学生だ。


 立ち向かってロボットに勝てる保証なんてない。

 それだったら、逃げた方が確実なはずだろう。


「そ、そうだな。よし、すぐに逃げよう……!?」


 そこまで言った時、背後の建物が突然大きく崩れた。


 そして、舞い上がる土煙の中から大きな影が滑るようにして飛び出して来た。

 俺はその時、何が起きているのか瞬時に理解出来なかった。


「……なっ?」


 巨大な影はキュルルルルルルと音を立てながら、何かをこっちに向けて突き付けていた。

 実際に見た事など一度もないが、それが何なのか分かってしまう。


 それは先程の不良が言っていたように、まさしくロボットだ。


 五メートルはあるであろう巨体からは二本のアームと脚部きゃくぶが伸びていて、脚部にはキャタピラが取り付けられている。


 二本足で立ってはいるが人型というわけではなく、おおよそ卵型の本体にアームと脚を取り付けた、といった風体である。


 あまりにも現実感のない状況に俺はそれを瞬時に現実として認識する事が出来なかった。


 しかし、その重量感のある駆動音やアームの先に取り付けられているガトリングの鈍い光沢が、これが現実の脅威きょういであることをありありと突き付けてくる。


 理解してしまうと途端に明確な恐怖が襲い掛かってきた。

 まるで全身を鎖で縛りつけられたかのように体がいう事を聞かない。


 そして、遂に俺達に向けて持ち上げられたガトリングが火を噴いた。

 アスファルトに刻み付けられる弾痕は凄まじい速度で迫って来る。


「う、うわああああぁ!」


「きゃああああああぁ!」


 後ろから空や朝賀さんの叫ぶ声が聞こえる。

 逃げろ、危険だと頭で叫ぶが、恐怖は足をなまりのように重くし、沼に足を突っ込んでいるかのように動かない。もはや一歩後退あとずさるのが精一杯だった。


 しかし、背後の空や朝賀さんを自分の所為せいで死なせたくないという思いが、ギリギリで俺の意識をこの現実に繋ぎ止めた。頭の中を様々な考えが流れていく。


 電撃で弾を撃ち落とす? 駄目だ、電撃で落とせるとは思えない。

 全力で空達を地面に倒して伏せさせる? 駄目だ、弾痕だんこんは地面に確実に刻まれている。姿勢を低くしても避けられない可能性が高い。


 何か! 何かないのか!? せめて盾が、皆を守れるような盾がここにあれば!


「あああああああぁ!!」


 そして、全身を衝撃が走り抜けた。

 足がもつれ、地面に尻餅しりもちをついた。


「いてっ、あ、あれ? 生きてる?」


 全身を襲った衝撃は弾が当たったようなピンポイントのものではなく、面の衝撃を受けたような感覚だった。不思議に思い顔を上げると、目の前にうっすらと青く見える半透明な盾が浮いていた。


「……これはもしかして、電気の盾なのか?」


 何となくそんな気がしたが、果たして電気を集めて盾にしたところで弾丸を防げるだろうか?


 ……だけど、もしこれが俺の能力なら操作出来るんじゃないのか?

 そう思い、目の前に浮かぶ盾に意識を向けると思ったように動かすことが出来た。


 八の字を描くようにイメージしてみると、電気の盾はイメージしたとおりに動いた。

 という事はこれは俺の能力で間違いない。


 どうしてこんなことが出来るかは分からないが、能力は元々分からないことが多い。

 とりあえず、出来るという事が分かれば十分だ。


 銃弾を防げるなら、まずは空と朝賀さんを逃がすべきだ。

 こんな使い方をするのは初めてだからいつまで持つか分からない。なるべく急がないと。


 そう思って後ろを振り返ると、ちょうど空に手を掴まれた所だった。

 二人とも足が震えているが、その目はまだ諦めていないように見えた。


「雷人、早く。とぼけてないで、今のうちに逃げるよ!」


「成神君、常盤ときわ君。よく分かりませんが急いで下さい! 第二射が来ます!」


 朝賀さんの言葉に巨大ロボットを見ると再び回りだす砲塔ほうとうが見えた。まずい、もう一度盾を! 全神経を盾に集中し、右手を前にかざして襲ってくる衝撃に備える。しかし、第二射が俺達を貫くことは無かった。


「はあああぁぁっ!!」


 突然大声をあげながら飛び出して来た小さな影が巨大ロボットを蹴り飛ばしたのだ。

 俺達に迫っていた銃弾はそれによって横に逸れ、数発が盾を叩いたが大部分は外れた。


「んなっ……」


 小さな影に蹴り飛ばされた巨大ロボットはその先に建っていた廃ビルへと突っ込み、その後一瞬のうちに廃ビルごと氷漬けにされていた。


 突如目の前で起こった予想外の事態に俺達は目を丸くした。

 巨大ロボットを蹴り飛ばした小さな影へ反射的に目をやると……。


「女の子……?」


 そこには黒いローブを羽織り、首に巻いたマフラーが特徴的なミニスカートの少女がいた。

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