1-2 生徒会長とお世話役

「超能力」


 今から約二十年程前、超能力は空想上の産物であり、超能力を持っているなどと言えば笑われて終わるのが当たり前だった。しかし、ある時をさかいにその常識はくつがえされた。


 雷人達の住む島国、邦桜ほうおう


 この国に住んでいたある五歳くらいの子供が、通常ではありえない超常現象を引き起こす事例が突如とつじょとして発生したのだ。それを皮切りに国内の各地で能力を発現する人が次々と現れた。


 ある者は何も無い空間に炎を発生させ、ある者は触れる事なく物を浮かせた。

 それは超能力としか言葉に出来ないものだった。


 これに対し邦桜政府は能力が周囲へ危害を加える事を防ぐため、能力を持った人々を世間から切り離す決定を下した。


 能力を発現した者の多くが子供であったこともあり、能力を制御出来るようにすることを目的として、専用の海上都市を設立して学校に通わせたのだ。


 その海上都市こそが雷人らいと達の住んでいる町、ラグーンシティである。

 そして、雷人達は数ある学校の中でもトップ、最も優れた能力者達が集められた学校である椚ヶ丘くぬぎがおか超能力専門高等学校に通っていた。


 この学校は能力使用に耐えられるよう、一際ひときわ頑丈に作られた演習場を複数持っていて、なかなかの広さの敷地がある特別な施設だが。そうは言っても学校であり、その大部分は普通の学校と大きな違いはない。


 お約束の長い校長先生の話に耐えて何の変哲へんてつもない始業式を終え、その後のホームルームもつつがなく終了して、昼になった。


 今日のカリキュラムはこれだけなのでもうここからは自由行動となる。

 さて、約束した以上は朝賀さんに学校を案内したいところなのだが、朝賀さんは皆に囲まれて質問攻めにあっていた。


 そんな中に割り込む気力はなく、どうしたものかとながめていると朝賀さんと目が合った。

 すると朝賀さんは意を決したように立ち上がり、周りを囲んでいたクラスメイト達に断りを入れるとようやくこちらにやって来た。


「ごめんなさい。私から頼んだのに待たせてしまって」


「いや、別に急いではなかったから大丈夫だよ」


「えっと、それじゃあ案内、お願い出来ますか?」


「そうだな。まずは近くから回っていくか」


 周りからの視線を見なかったことにしつつ朝賀さんを先導して学校内を案内していく。そんな中で俺も少し質問をしてみた。


「それにしても、こんな時期に編入なんて珍しいな。大体の奴は小、中学生くらいで能力が発現してラグーンシティに来るし、一度高校に入ってから編入するなんて聞いた事が無かったからさ」


「そうですね。私も珍しいとは思うんですが、本土で高校に入ってから発覚しまして、こんな時期に編入する事になってしまいました。おかげでラグーンシティには知り合いがほとんどいないので、仲良くしてもらえると嬉しいです」


「そうなのか、それは大変だな。俺はここでの暮らしは結構長いし、何か困ったら相談にのるよ」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 まさかとは思ったが、やっぱり能力が発現して間もないのか。発現時期には個人差があるけど、こんなに遅いのは珍しい。慣れないうちは大変だろうから気に掛けてあげるようにしないとな。


 そんな事を考えていると校内放送が鳴った。その内容は……。


成神雷人なるかみらいと君、成神雷人なるかみらいと君。至急生徒会室まで来て下さい。生徒会長がお呼びです」


「げっ」


「……これって、成神なるかみ君の事ですよね? 生徒会長さんとお知り合いなんですか?」


「あぁ、うん。ちょっとね。……えっと、悪いんだけど呼ばれちゃったから行かないといけないんだけど」


「あ、そうですね。大丈夫です。学校の案内の続きはまたの機会で大丈夫ですよ」


「別の日でも良いのか? 早い方が良いだろうし、他の人に頼んだ方がいいと思うけど」


「いっ、いえ、その……私、ちょっと人見知りというか。知らない人と話すのが苦手で、ですね。心の準備がいるんです。さっき成神君に話しかけた時も結構勇気を出したんですよ? えっと……なので、出来れば成神君にお願いしたいのですが、ダメでしょうか?」


 そう見上げるような感じで言ってくる。

 上目遣いはダメだって、強力すぎる。


「でも、最初の挨拶あいさつの時は完璧だったよな? とてもそうは見えなかったけど」


「それは何と言いますか、事前にシミュレーションをしていたので。心の準備さえ出来ていれば大丈夫なんです」


 なるほど、それは少しは俺に慣れてくれたと取っても良いのかな?

 まぁ特に断る理由も無いしと了解の意思を伝えようとすると、二人組が間に割り込んできた。

 朝賀さんが少しビクッと震える。


「そしたら僕等が案内するよ」


「俺達が案内するから任しとけ。俺達は雷人みたいに薄情じゃないからな」


 そう、空と隼人が立候補してきたのだ。

 誰が薄情だ、誰が。


「えっと、いいんですか?」


 少々びくびくしながら返事をする朝賀さんに二人は笑顔で勿論もちろんと答えた。


「僕達は雷人の親友だからね。仲良くしようよ」


「そうそう、ダチは多いに越したことはないからな。世の中を生きていくには横の繋がりは重要なんだぞ?」


「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです。初日からこんなに友人が出来るとは思いませんでした」


 二人ともテンションが高めだったので少し心配だったが、朝賀さんの表情が明るくなったので、多分大丈夫だろう。何はともあれ、これで一安心だな。


「分かった。それじゃあ頼むな。真面目にやれよ?」


 そう言って朝賀さんを空達に任せると俺は生徒会室へ足を運んだ。

 さて、生徒会に呼び出されたわけだが、およそ何の用なのかは分かっている。


 このラグーンシティは能力者の町だが、当然自由に能力を使っていいわけではない。

 能力を自由に使っても大丈夫だったら、どんな惨事さんじが起こるか分かったものじゃないからな。


 基本的に能力を使用していいのは超能力を持つ者のみで構成される治安維持組織ちあんいじそしき特殊治安部隊スキルナイト」と、その手伝いを課されている各学校の生徒会にぞくする者だけだ。


 しかし去年、俺は不良にからまれていた学生を偶然見つけてしまい、見るに見かねて能力で不良を追い払ってしまったのだ。


 それがバレると俺は生徒会に治安維持の手伝いを命令されてしまった。

 ばつを受けたくなければ手伝ってねという事だ。


 どうせ今回もその関係だろう、自分の所為とはいえ面倒事に巻き込まれたものだ。

 さて、俺はドアの前まで来るとノックして返事を待ち、中に入った。


 生徒会室内は様々な資料がしっかりと整頓せいとんされて周囲にある棚に収納されており、年度ごとにまとめられたその様子はものぐさな生徒会長からは信じられない光景だ。どうせ他の役員によるものだろうけどな。


 中は簡易的でU字型に配置された机と椅子が五脚置かれているのみだった。

 なぜか一脚だけ妙に豪華な椅子だけど……。


 その豪華な椅子には生徒会長が座っていた。

 生徒会長は頭にヘッドホンを付けていて、整った顔立ちはしているものの、そのやる気のなさそうなたたずまいがそれを台無しにしていた。


 その横には一人の女性が立っている。

 室内なのにベレー帽を被り、ネックウォーマーまでつけている。


 この学校は制服はあるものの、能力の性質への対応から服装は自由なので別に問題はないのだが、仮にも生徒会がこれで良いのだろうか?


「やぁ、いらっしゃい雷人君。来てくれて嬉しいよ」


「どうも生徒会長。……いつも思ってたんですけど、会長とそこの彼女以外の生徒会役員を見た記憶がないんですが、どこにいるんです?」


「ん? 気になるかな? どうということはないよ。僕が指示を出して動くのが役員だからね。ここにわざわざ集まる必要もないだろう? それだけのことだよ。……そうだ天音あまね君、これまで自己紹介した事がなかったよね。この機会にしたらいいんじゃないかな?」


 生徒会長は隣に目をやり、少女にうながした。

 すると、少女は少し考えるとうなずいた。


「……言われてみればした事がなかったですね。私は生徒会長のお世話役せわやく護衛ごえいをしています。会計の天音光葉あまねみつはです。宜しくお願いします」


 そう言ってあまり心のこもってなさそうな様子で笑顔を向けてきた。

 お世話役とか護衛とかって何だよ、生徒会長にそんなものが必要なのか?

 そうは思ったが口には出さなかった。


「荒事関連の雑用をさせられている成神雷人で……」


「知ってます」


 何食わぬ顔で被せてきやがった。興味ないって言いたいのか?

 それとも嫌味に対する牽制けんせいだろうか。


 何にしても、雑用をさせられていることもあってこの人達をいまいち好きになれない。

 俺は恐らく引きった顔で笑った。


「……よろしく」


「さて、自己紹介も済んだところで本題に入ろうか」


 俺の嫌味を気にする素振そぶりもなく生徒会長は机にひじをついて手を組み、そこにあごを乗せながらにやりと笑った。

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