ひと夏のヒーロー
絵之空抱月
第1話「プロローグ」
ヒーローに憧れる少年が居た。
困っている人を決して見過ごせず、どんな相手にも負けない強さを、絶対に諦めない意志の強さを持ち合わせるヒーローに。
かつての日本で『魔法』は空想上のもの。
正義の味方も、格好良い勧善懲悪のヒーローも全て創作物の中の存在だった。
その少年も例に漏れず、絵空事に憧れる——はずだった。
しかし、ある日を境に日本から。否、地球から当たり前が崩れ落ちる。
悪魔の力を宿したデビルカードと天使の力を宿したエンジェルカードの出現で引き起こされた『天使と悪魔事件』は世界の常識を覆した。
しかし、その事件はあくまで小規模。ひっくり返った常識を受け止めた人々の数はさほど多くない。
世界的に常識の変化をもたらしたのはそれから数十年後の『オリュンポス事変』だ。
遥か大昔に共存していたギリシャの神々が人間を支配しようと攻め込み、それらを一部の神々と特殊な生まれの人々が迎え撃った出来事である。
その騒動が解決したのをきっかけに世界中へ神の存在が知れ渡り、失われていた魔法の概念が復活した。
それと同時に異世界へと繋がる扉が日本を中心にあちこちへ出現。
突然の目を疑う事実の連続に戸惑いながらも、長い年月を掛けて魔法や異世界の住人との理解を進めていった。
現在では積極的に異世界との交流を深め、魔法の理解を進めつつ、これまでの生活が一変し過ぎないような政策を進めている。
だがしかし、世界の変化は良い方向ばかりではない。
魔法の浸透や異世界と繋がった影響でこれまででは考えられない魔物や魔獣、悪魔などの異形による被害や、それらを悪用する——特殊災害と呼ばれる事例が多発し始めたのだ。
特殊災害に対応出来るのは数少ない魔法を持った人物や神器と呼ばれる物を持っている人物だけ。
そんな中、少年の父親は魔法の使えない消防士。
火事の現場に加え、特殊災害時にも救助活動を行なっている。
「あ、父さんだ! 父さん居るよ!」
テレビの生中継の画面に映る父親の姿に少年が興奮する。
魔法を使えない消防士は未知に溢れた存在が暴れている最前線まで臆さず突き進み、逃げ遅れた人を仲間たちと必死に助け出す。
大きな声で指示を飛ばし合い、抜群の連携で戦地を潜り抜ける。
「がんばれ! がんばれー……あれっ?」
そこでテレビの画面がブラックアウト。
「お母さん! なんかテレビこわれちゃった!」
「あらあら、きっとカメラが壊れちゃったのね」
少年の母親が優しく微笑みながらチャンネルを切り替えると、普通に映った。
どうやら特殊災害の余波で中継用カメラが壊れてしまったらしい。
「父さん、めっちゃかっこよかった!」
「そうね。無事だと良いわね」
「うん!」
少年にとって父親は憧れのヒーローだ。
普段の明るく、優しい姿は鳴りを潜め、真剣で熱い気迫のある姿は少年の心を揺さぶり激しく焚き付ける。
「良いなぁ。俺も父さんみたいに誰かを助けられたらなー!」
「なら将来は消防士?」
「そりゃ当然! 俺も父さんみたいにきたえて、困ってる人たちを助けるんだ!」
魔法も神器も持たないのは息子も同じ。そうなると直接特殊災害に立ち向かうよりもサポートや、特殊災害以外にも対応する消防士が理想のヒーロー像だ。
父親の背中を追い掛ける息子を見て、母親はちょっと寂しく笑う。
「活躍してくれるのは嬉しいけれど、仕事がないのが一番ではあるのよね」
警察も消防士も仕事がないならない方が良い。平和の証拠だ。
それに危険な場所に飛び込む仕事なら自分自身にも危険が及ぶ可能性は高くなってしまう。それこそ何時大怪我をしても、死んでしまってもおかしくない。
誰かを助けたいと言う願いは危うさと隣り合わせだ。
愛する家族が頑張る姿は喜ばしいが、死んで欲しくはない。
とは言え、目の前の息子は。
「でもさ、そうじゃないんだよ。一生仕事が来ないなんてあり得ないし、その時に動ける人が一人でも多かったら良くね?」
自分が消防士になることを。
自分がヒーローになることを信じて疑わない目で母親に訴える。
これを見せられては否定するなんて出来ない。
「決めたからには頑張るのよ?」
「もっちろん!」
少年はドンと胸を叩いて返した。
こうしてヒーローに憧れた少年は消防士になる為に、体を鍛え、格闘技にも手を出した。
子どもの頃から抱いてきた願いは高校生になった今でも変わらない。
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