第3話 本当にイトコなのか?

「簡単に帰さないって……?」


 おどしている相手にこれほどマヌケな質問もない。

 わかっていても、圭介は思わず問い返してしまった。


「この車の行き先は、圭介さん次第ということです」


(こういう場合、『どこ?』なんて、聞いていいのか? ……て、そういう雰囲気じゃないよな)


 頭に思い浮かぶのは、『どこかに監禁』、『「うん」と言うまで拷問』、『スマキにして海に捨てられる』――


 そんな嫌なワードばかりだ。


「……つまり、答えを出せって言いながら、断ることは許さないってことか?」


「断る理由も見当たらないでしょう?」


 貴頼の切り返しに、圭介は言葉に詰まった。


 確かにその通りだったのだ。


 おそらく貴頼は、最初から圭介の断れないおいしい条件をきちんと用意して、この話を持ち掛けてきた。


 圭介の家の事情や取り巻く環境など、すでに調べてあったのだろう。


 でなければ、話を済ませられるわけがない。


 道理で親戚らしい会話が一つもないわけだ。


(こいつ、この歳で人を使うことに慣れてんだな)


 上品で丁寧に話しながら、相手より優位に立つ。

 見るからに金持ち、生まれた時から人を支配する側。


 人より多く持っているものを大いに行使して、人を意のままに操ることを知っている。


 そして、人を従わざるを得ない気分にさせる。


 圭介からすると、目の前の少年はそういう部類の人間だ。


(イトコって言ってるけど、こいつ、本当に血のつながった親戚か?)


 圭介は今さらながら湧き上がってくる疑問に、改めて目の前に座る貴頼を見やった。

 

 圭介も小学校の頃は、目がぱっちりとした色白な丸顔で、『女顔』とからかわれることもあった。

 しかし、ここ数年の間にあごのラインがすっきりして、男っぽくなったと自分では思っている。


 そんな圭介の小さい頃の写真と比べてみても、貴頼とは目鼻立ちが違う気がした。


「あのさあ、契約はともかく、おれ、あんたが本当にイトコなのかどうか知らねえんだけど」


 貴頼は思ってもいなかった質問だったのか、一瞬面食めんくらったようだった。


「お母さんから聞いてないんですか?」


「聞いたけど、最低一人いるって言ってただけ。あんた、そいつと名前違うし。

 そもそもおれとおまえは、どういう関係なんだ?」


「僕の母が圭介さんのお母さんの姉、という関係です」


「……て、本当にイトコか。そういや、母ちゃんの姉ちゃんにも子供がいるかもって言ってたっけ。

 で、あんたんち、何やってんの? 金持ちそうだけど」


「うちは代々代議士の家系で、父も祖父も国会議員です」


「すげえ……姉ちゃんの方はタマノコシに乗ったんだな」


 母ちゃんとは大違いだ、と圭介はブツブツぼやいてしまった。


「さあ、たま輿こしだったのかどうか」


 そう言った貴頼の表情にわずかな陰りが走った。


 どうやらこれ以上、家族の話をしたくないらしい。


 圭介はすぐに気づいて突っ込むのをやめた。


「わかったところで、サインしますか?」


 貴頼も話題を変えるように聞いてきた。


「ここにサインすりゃいいんだろ?」


 圭介は受け取ったペンで自分の名前を書き、朱肉で拇印ぼいん


 こんな紙切れ一枚の契約書に効力があるのか圭介にはよくわからなかったが、こうして貴頼との間に雇用契約は結ばれた。


「ところで圭介さん、予定外に一つ問題が」


「おい、サインした後に何か付け加えるのはサギ師の始まりだぞ」


「そんな大げさなことではないですよ。彼女に必要以上に近づかないことに違反してはいけないと思いまして」


「なんだよ?」


「圭介さん、背が高くて顔もイケメンとまでは行きませんがソコソコですので、目立たない格好をしていってもらった方がいいかと」


「目立たない格好って?」


「変装道具、制服と一緒に後で送ります」


「ちょっと待て」と、圭介は手を挙げてさえぎった。


「おれが近づかなくても、女の方が近づいてきたら違反なのかよ?」


「結果、同じことでしょう? だから、そうならないように圭介さんは目立たない方がいいということです」


 圭介はここへ来て改めて契約書の控えを読み直してみた。


 最初に読んだ時は大したことは書いていないと思ったのだが、逆に契約事項が曖昧あいまいになっているということに初めて気づく。


 つまり、言外に含まれることがモロモロどこかに当てはまってしまうという寸法だ。


(やられた。おれ、マズい契約しちまったんじゃねえ?)


 あっという間に何かやらかして契約違反。そして、高校を退学になることが目に浮かぶ。


 青ざめる圭介の前で、貴頼は満足そうな笑みを浮かべていた。

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