【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。
糀野アオ
第1章 高嶺の花でも頑張ります。
第1話 すべては一本の電話から始まる
三月も終わりに差しかかる頃、
その日、午前中から家でゴロゴロしていた圭介のところに一本の電話が入った。
『圭介さんですね。イトコの
「もしもし」と応答した圭介に、相手は一気にそれだけ言った。
高い声から判断するに、声変わり前の少年。しかし、変に気取ったような大人びた話し方をする。
「空いてるには空いてるけど――」
『では、二時にお迎えに上がります』
「ちょ、待て……!」と、圭介が引き止める前に電話は一方的に切れてしまった。
(おいおい。おれ、『イトコ』がいるなんて話、今まで聞いたことないんだけど?)
もしかしたらイトコと名乗る別の誰かが、自分を呼び出そうとしているのではないか。
そんな疑いを抱かせる。
とはいえ、圭介を
(……たぶん)
わいてくる疑問は考えたところで解決するものではない。
親戚のことなら、母親に聞く方が早い。
そんなわけで圭介は、この時間、まだ寝ている母親が起きてくるのを待つことにした。
「なあ、母ちゃん。おれにイトコなんているのか?」
二時を回ってようやく起きてきた母親に、圭介はさっそく聞いてみた。
母親はスナックで深夜過ぎまで働いているので、圭介が顔を合わせるのはいつもこの時間になる。
寝起きでボケッとしているのか、「最低一人はいるわね」と、母親からは奇妙な答えが返ってきた。
「それ、どういう意味だよ?」
「実家と縁切ってから連絡とってないからねえ。かれこれ十六年。家を出る前、兄さんにはもう息子がいたから『最低一人』でしょ?」
「母ちゃんが家を出る前ってことは、そのイトコはおれより年上だよな? 名前は貴頼?」
「貴頼? 名前は
でも、なんでそんなことを急に聞くの?」
「さっき、そいつから電話があって、会いたいんだと」
「あ、そう。まあ、向こうが会いたいって言うなら会ってみれば? どうせこっちからは会いに行けないんだし」
「なんで?」
「だから、実家とは縁を切っているって言ったでしょ。
「まあ、そうかもしれないけど」
そこで話は終わりとばかりに、母親はあくびをしながら洗面所に姿を消した。
自称ミュージシャンと駆け落ちした母親は、圭介を産んで以来、水商売で生計を立てている。
父親はというと、『音楽の旅』と称してはフラフラと出かけていき、金がなくなるとせびりに戻ってくる男。そして、何より最悪なのは、女グセが悪いところ。
『おれが女だったら、絶対こんな男とは結婚しない』と圭介は思うのだが、母親は一度も離婚を考えたことがないという。
夫婦の関係というのは親子といえど、わかるものではない。
そう悟ってからは、母親が父親に「おかえり」を笑顔で言う限り、圭介も「おかえり」と言うことにしたのだ。
苦労をしているのが子供の目にもわかる母親ではあるが、圭介にグチをこぼすことは一度もなかった。
ただいつも冗談交じりに「将来立派になって、お母さんを楽させてね」と言うだけだ。
だからというわけではないが、圭介としてもきちんと将来設計をした上で高校を選んだ。
第一志望は出自や親の収入に関係なく、学習意欲のある生徒を育てるというコンセプトで運営されている私立高校。
圭介の家の収入状況からすると、学費は都立より安くなる。しかも、食事付きの寮も完備。
つまり、高校三年間、親に全く負担をかけずに学校に通え、大学に入学すれば奨学金も出してもらえる。
こんな好条件の高校は、他のどこを探しても見当たらない。
そう考える中学生は全国にごまんといるのか、結果、その高校の偏差値は全国でもトップクラス。
受かったらラッキー程度の記念受験も含めて、倍率は実に二十倍という話だ。
圭介としては頑張ったつもりだったのだが、そう簡単に受かるわけがなかった。
第一志望に落ちたのは残念だったが、かなりハードな受験勉強をしたおかげか、第二志望だった都立の進学校には楽々合格。
とにもかくにも、大学受験を望めるところまでは来たというところだ。
(母ちゃんを楽させるまでの道は、まだまだ長そうだけどな……)
それまで元気で働いてくれと、圭介はひたすら願うのだった。
その翌日、圭介は二時五分前には出かける支度を終えていた。
母親の知っているイトコは『葵』一人なので、電話で名乗った『貴頼』が本当にイトコかどうかはわからない。
とはいえ、イトコである可能性もゼロではないので、圭介は会ってみることにした。
(ていうか、何気にヒマだったしさあ)
金がないせいで遊びに行く余裕もなく、毎日ゴロゴロして終わっていく春休み。
退屈しのぎに出かけるのも悪くないと思ったのだ。
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