新たな婚約

「ローズ、離宮での暮らしには慣れたかい?」

 ローズが離宮で保護されて少し経った頃、アルベールが優しげな表情でそう聞く。かなり親しくなったらしく、ローズ嬢ではなくローズと呼ぶアルベールだ。

「ええ、アルベール殿下。ここまで良くしていただいて、何とお礼を申し上げれば良いか」

 ローズは控えめに微笑んだ。きちんとした食事と睡眠のお陰で、プラチナブロンドの髪は艶を取り戻し、アメジストの目の下の隈もすっかり消え、肌もきめ細かく滑らかになっている。アメジストの目にも輝きが戻り、まだ痩せているが不健康な程ではなく、ローズは以前の美しさを取り戻したのだ。

「それに、ラ・トレモイユ侯爵家が潰れないように大公家にお手伝いいただき、感謝してもしきれません」

「そんなのお安いご用だよ。ローズはオーバンから押し付けられた仕事を最初の一、二回以降はミスなく完璧にこなしていたではないか。それに、君だけでなくラ・トレモイユ侯爵家の使用人達は極めて優秀だから、今まで君を虐げてきた者達を排除出来れば後は安泰だ」

 ローズが離宮で保護された後、ラ・トレモイユ侯爵家は混乱を極めていた。しかし、ローズが密かに家令ルノーだけには連絡しており、ルノーがこっそりと他の使用人達にローズが無事なことを伝えてくれた。そのお陰で使用人達は安心していつも通り仕事をすることが出来ていた。ちなみに、オーバンはローズに仕事を押し付けていた為、ローズがいなくなった時に苛立ちを露わにした。しかし、邪魔なローズがいないお陰でデジレとペネロープと3人で過ごせるようになったことから、次第に苛立ちも落ち着いていた。デジレは「あんな子いない方がいいわ」と蔑んだ笑みを浮かべており、ペネロープは勝手にローズの部屋に入ってアクセサリーや高価な物を全て奪っていたそうだ。

「あらアルベール、また離宮ここにいたのね」

 そこへエヴリーヌがやって来た。クスクスと笑っている。

 更に、その後ろにはユブルームグレックス大公国の現女大公であるベルナデット・オーギュスティーヌ・グレース・ド・ユブルームグレックスと、大公配であるテオドール・ランベール・ド・ユブルームグレックスがいた。

 ローズは落ち着いて立ち上がり、優雅で完璧なカーテシーで礼をる。

「相変わらずローズは完璧なカーテシーをするわね。淑女の鑑だわ」

 エヴリーヌがクスッと笑う。

「ローズ、楽にしてちょうだい」

 ベルナデットは優しげに微笑んでいた。ブロンドの髪にサファイアのような青い目の、威厳はあるがどこか可愛らしい顔立ちである。アルベールの顔立ちはベルナデット似なのである。

「そこまで堅苦しくなくても構わない。ローズ嬢」

 テオドールが優しげに目を細める。黒褐色の髪にヘーゼルの目で、端正で気が強そうな顔立ちだ。エヴリーヌの顔立ちはテオドール似である。

「ありがとうございます、女大公陛下、大公配殿下」

 ローズは品よく微笑んだ。

「ローズ、アルベール、例の件の書類にサインがされたわ。このまま手続きを進めるわね」

 念の為に確認するようなベルナデットである。

「ええ、お願いいたします、女大公陛下」

「ありがとうございます、女大公陛下母上

 ローズとアルベールはそれに頷いた。

「良かったわね、アルベール」

 エヴリーヌは悪戯っぽく微笑む。

「姉上、揶揄からかわないでください」

 アルベールはほんのり頬を赤く染めていた。

「アルベールもローズも、分かってはいると思うけれど、二人の婚約はあくまで国の為よ。ラ・トレモイユ侯爵家及び侯爵領で採掘される希少金属の権利を守る為。そして、この国の面積は小さいから公爵家と侯爵家しか領地を持たない。だから、ラ・トレモイユ領を狙う伯爵家以下の貴族を牽制する為。恐らくローズは理解しているわね」

 ベルナデットは苦笑しながらそう言う。

「ええ、十分じゅうぶん承知しております。女大公陛下のご配慮、感謝いたします」

 ローズは控えめに微笑む。

「ご安心ください、女大公陛下母上。僕も承知しております」

 アルベールもそう答える。

 ラ・トレモイユ侯爵家及び領地で採れる希少金属を守る為。そしてユブルームグレックス大公国内の貴族のパワーバランスを乱さない為に、ローズはドナシアンとの婚約を解消し、アルベールと婚約することになった。婚約解消、新たな婚約どちらも女大公命である。アルベールは臣籍降下してラ・トレモイユ侯爵家に婿入りするのだ。政略結婚ではあるのだが、ローズとアルベールは手紙で徐々に距離を縮め心を通わせていた。ローズが離宮で保護されてからは更に二人の距離が縮まっていたのだ。

「私としても、アルベールの相手は是非ともローズがいいと考えているわ」

 ベルナデットはローズに優しく微笑んだ。

「もったいないお言葉、大変光栄でございます」

 ローズは品良く微笑む。少し嬉しそうだ。

「ローズ嬢、くれぐれも健康には気を付けることだ。君は離宮に来たばかりの頃よりは健康的になったが、まだ細過ぎる。きちんと食事を摂ること」

「ありがとうございます、大公配殿下」

 少し心配そうなテオドールに対し、ローズは微笑む。

「ローズ、貴女にはわたくしの下で国政に携わってもらう可能性もあるわ。色々と頼むわね」

 エヴリーヌは少し意味深に微笑む。

「ええ、承知いたしました。大公世女殿下のお役に立てるよう精進するつもりでございます」

 ローズはやはり品良く微笑んでいた。

「ローズ、この件について一段落ついたんだ。休憩がてら僕のお気に入りの場所を案内するよ」

 アルベールはローズに手を差し出す。アンバーの目はキラキラと輝いていた。

「ええ、ありがとうございます。アルベール殿下」

 ローズはふふっと控えめに微笑み、アルベールの手を取った。

 そんな二人をエヴリーヌ、ベルナデット、テオドールの三人は微笑ましげに見守っていた。

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