第5幕 おじさん、チートな昇格試験を応援する

第31話 おじさん、作戦会議を開く


 モンムーンから商業都市バイデンに戻る頃には、すっかり夜も明けていた。

 強行軍で疲れたので昼まで眠ったあと、ギルド長の部屋で作戦会議を行うことにした。部屋に集まったのは俺とリリムとエリカ、それに騎士団長のシェルフィだ。



「まずは報告です。モンムーンの村人はギルドで保護しました。伯爵の宮殿に囚われていた奴隷の中にはモンムーン出身の子供もいたため、ご家族の元に帰しています」


「そいつはよかった」



 ギルド長のフィーレさんの報告を聞いて、俺は胸をなで下ろす。

 トランスウォーターの影響で重症を負った患者も街の施療院せりょういんに入院している。費用は全額ギルド持ち、ということで文句なしだった。



「さて……。本題に入りますが盗賊のアジトで神の啓示けいじを聞いた。タクトさんはそう仰るのですね」


「ああ。そう捉えてくれてかまわない」



 普通のNPCであるシェルフィとギルド長に、バグに関する情報を伝えても話が通じない。

 そこでモンスター化する薬(トランスウォーター)の存在だけは伝え、俺にチャットで話しかけてきた謎の声は『神からの啓示』ということにした。



「神の啓示でありますか。私は神官騎士ではないのでよくわかりませんが、神からのお告げというのはよく下るものなのですか?」



 シェルフィが腕を組んで怪訝そうに唸り声をあげる。彼女の疑問をエリカが引き受けた。



「何を隠そう、トランスウォーターの情報を得たのも神のお告げによるものです」


「え? そうだったのか。それは初耳だ」



 エリカの発言に思わず声を上げてしまう。


 エリカは自分を生み出したプレイヤーが過去にチート行為によって、罪人の刻印を刻まれている。

 それを神からのいましめと捉え、罪を償うためにバグを潰して回っている。

 言わば、気の持ちよう。悪く言えば思い込み。

 己の信念に基づく、ただの善行だと思っていたのだが……。



「タクトさんもご存じの通り、ワタシはある日突然目が覚めました。そして自分の置かれた立場と罪を意識したとき、神からお告げが聞こえてきたのです。正義をさんとするならば我が声に応じよ……と」



 エリカ曰く。声の導きに従い街道を進むと、横転している馬車を発見。

 間抜けな盗賊が事故を起こしたらしく、そこで【トランスウォーター】の現物を見つけたそうだ。



「すぐに盗賊と戦いになり、彼らは【トランスウォーター】を使いました。しかし、効き目がよくなかったのかモンスター化したあとすぐに命を失って……」


「それで【トランスウォーター】を危険視して取り締まろうとしたわけか」


「納品先を調べたところ伯爵の元へ向かう予定だったので、盗賊を装い宮殿内に侵入。奴隷を解放したあと伯爵を問い詰めたのです」


「なるほど! エリカ殿は薬の悪用を防ぐため宮殿に忍び込んだのでありますね」


「あのまま伯爵を放置すれば、地下にいた奴隷も実験台にされていたかもしれないので」


「やはりエリカ殿は勇者でありますな。騎士団を代表してお礼を申し上げます」


「いえ。悪をただすのがワタシに与えられた使命ですから」



 シェルフィの感謝を受けて、エリカは両手を組んで曇りひとつない眼を窓の外に向ける。



神位しんいNPC……神の啓示は信じていいと思いますよ。結果的に多くの人を救えました。タクトさんにも出会えましたから」


「ふん。そうやってエリカをそそのかした後、お次はタクトに接触してきたわけか」



 リリムは会議に飽き始めたのか、お茶請けとして出されたクッキーをパクリと口に放り込んだ。



「お告げか何か知らんがどうにも胡散臭い。ワシさまが信じておるのはチャンネル登録してくれたファンの声援と仲間の声だけだ。厄災とやらも何かのブラフではないか?」


「俺だって半信半疑だ。だけど密売人は捕まえなきゃいけないだろ。そのついでに厄災を止める。それでいいんじゃないか?」



 俺の発言を受けてギルド長が頷いた。



「そうですね。厄災は副次的なものと考えて現実の問題を解決しましょう。トランスウォーターが危険な薬品であることは伯爵と村人の件で判明しています。被害が広がる前に密売人を見つけなくては」


「決まりだな。悪いがギルド長、【灰の都】に入る許可をくれ」


「わかりました。ですが少々お時間をください。本来はプラチナ等級の冒険者でないと【灰の都】に入れません。今回は特例ということで中央のギルドに話を通します」


「そんな悠長ゆうちょうに事を構えててよいのか? 準備をしてる間にクソザコ盗賊どもが逃げ出すのではないか?」



 リリムの当然とも言える疑問に、エリカが冷静に答える。



「それはありえません。【灰の都】は一度入ったら出られないことで有名ですから。モンスターに死体を食い荒らされる心配をしてた方がよいかと」


「まったくであります。逃走場所に困ったからと言って、よりにもよって【灰の都】を選ぶとは。お間抜けな盗賊たちでありますな」



 【灰の都】の噂は、冒険者だけでなく騎士団の中でも有名なんだろう。

 誰も盗賊が逃げ出す心配はしていなかった。俺も同じだ。

 だからこうして一度街に戻って、みんなに協力を仰いでいるのだ。


 そんな中、ギルド長だけが難しそうな顔を浮かべる。



「盗賊がアジトにしていた遺跡に調査隊を派遣したところ、灰の都と関係することがわかりました。壁から湧き出していた水も【トランスウォーター】で間違いないでしょう。おそらく……」


「売人たちは意味もなく灰の都に向かったわけじゃない、ってことか」


「はい。危険を冒してでも向かう必要があったのです」



 神位NPCもトランスウォーターと灰の都が関係している、と言っていた。

 何が待っているかわからないが、わからないからこそ探索する必要がある。



「ギルド長、ついでに灰の都を探索するクエストの発行を頼む。参加する冒険者は俺とリリム、それとエリカだ」


「エリカさんも……ですか? 失礼ながら彼女では力不足ではないでしょうか」


「どういう意味でしょうか?」



 ギルド長の包み隠さない物言いに、それまで素直に話を聞いてたエリカの眉がぴくりと反応する。

 しかし、ギルド長はエリカの不服そうな態度を意に介さない。綺麗な睫毛まつげを揺らして、クスリと笑う。



「タクトさんとリリムさんはレジェンドモンスターを討伐した実績があります。ランクも銀。多少の無理を通せば立ち入り許可を得られるでしょう。ですが……」


「銅ランク冒険者のワタシには資格がないと仰りたいのですか?」


「端的に言えばそうなります。同じ魔法使いとして断言します。エリカ・ヨワタリさん……今のあなたでは二人の足手まといにしかなりません」


「……っ!」


「えっと……ギルド長、急にどうしたんだ? エリカもそれくらいにして……」


「タクトさんは黙っててください!」


「はい!」



 エリカにピシャリと雷を落とされて、俺は背筋を伸ばして頷いた。



「そこまでハッキリと仰るならワタシにも考えがあります」



 エリカは席を立ち上がると、懐から出した小さな杖をギルド長に向けた。



「ギルド長! ワタシと勝負してください!」

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