第5話 孤独なおじさん、人のぬくもりを知る


 森の真ん中で話をするのも何だからと、ミシャちゃんの案内で【サイショ村】へ向かうことにした。

 村に到着する頃には日も暮れて、助けてくれたお礼にと村長宅で厄介になることになった。村長宅はログハウス風で、客を迎え入れるゆとりのある大きな一軒家だった。



「娘を助けてくれて感謝します。どうぞ、ごゆるりとしていきなされ旅のお方」



 ミシャちゃんの父親である村長は、恰幅かっぷくのいい50過ぎの大農家だ。

 少しハゲた頭を光らせて、愛想の良い笑顔を浮かべて俺をリビングに迎え入れたが……。



「確かに俺は冒険者志望だが、村長とは顔見知りのはずだぞ」


「おっと! そうでしたな。タクト殿の顔を忘れるとは。いやはや、お互い歳は取りたくないものですな」


「村長と同じにするな。俺はまだ40は超えていない」


「ははははは! 30過ぎればみんなおじさんですよ。とはいえ、さすがに50を過ぎると無理が利かなくなりましてな。つい先日も腰をやってしまい、一番下の娘であるミシャに頼んで薬草を……」


「お父さま。無駄口を叩いてないで、タクトおじさまにお食事のご用意を」


「すまんすまん。いやはや、いくつになっても娘には敵いませんな。はははっ!」



 村長は笑い上戸なのだろう。

 奥さんやお手伝いさんに言って、食事の手配をしてくれた。


 出された食事はキノコのシチューに麦パンだ。

 もちろんブドウ酒もある。俺が日頃食べている食事と大差ない。

 ないのだけれど……。



(大人数で食卓を囲むのはいいもんだな……)



 道場にいた頃は炊事洗濯、掃除にまき割りと一人ですべてをこなしていた。

 なぜなら、”仕様”で道場の敷地外に出られなかったからだ。



(けれど、村へ買い出しをしていた”記憶”はあるんだよな……)



 バジリスクやゴブリンとの戦闘と同じだ。実戦経験がないはずなのに、俺は戦いのイロハを体で覚えていた。

 サイショ村やミシャちゃん、村長のことも情報として知っている。だけど、こうして話すのは初めてだ。



(村長の家に招待されるのはPCのはずだ。NPCの俺が代わりにクエストをこなしたから、情報のズレが生じてるのかもな……)



 なんて考え事をしながらシチューを口にしていると。



「村長!」



 バンっ! と大きな音を立てて入り口のドアが開いた。


 入ってきたのは年若い農夫だ。

 泥で汚れた洋服を着ており、手にはクワを持っていた。

 いきなりの来客に、人の良さそうだった村長の眉間にもしわが寄る。



「お客さんの前で失礼ですよ! ノックもなしに家へ押しかけるなんて!」


「すまねぇ村長。んだども緊急事態でして」


「畑にイノシシでも現れましたか?」


「いえっ。盗人が現れまして」



 農夫の言葉に俺は思わず口を挟んでしまう。



「盗人……? この平和なサイショ村にか?」


「そうなんす。犯罪者を取り締まる騎士さまもいねぇから、ウチらじゃどうすればいいかわからなくて」


「それで村長んところに慌てて訪れたってわけか」



 この世界では、領地を守る騎士が警察的な役割を担っている。

 各地の畑は領主の持ち物であり、領地=農村で発生した犯罪は騎士が取り締まり、最終的には領主によって裁かれる。

 今回のように村で事件が起きた場合は屋敷を構える駐屯騎士、もしくは領地を見回る巡回騎士が対処する決まりになっているが……。



「わかりました。私が出ましょう」



 騎士が不在のときは、代理人として村長が犯罪者を捕まえることになっている。

 村長は席を立ったあと、俺に頭を下げてきた。



「申し訳ありません、タクト殿。席を外します」


「相手は盗人だ。護衛が必要じゃないか? これでも剣士の端くれなんでね。横に立ってるだけでも役に立つと思うよ」


「ですが……」


「遠慮はいらない。こんなに上手いメシを食ったのは初めてだ。その礼ってことで」


「ありがとうございます。お願いできますか?」


「よろこんで」



 村長の護衛を申し出たのは一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩もあるが、気がかりがあったからだ。


 俺はサイショ村で発生するクエストを知っている。

 本当はこのとき、畑にイノシシモンスターが現れてPCが追い払うのだ。

 イノシシは中ボス扱いで、ソイツを倒すところまでが初心者向けのチュートリアルクエストになっている。


 けれど、現れたのは盗人。

 平和で長閑のどかなサイショ村には似つかわしくない、犯罪の気配。



(イレギュラーが起こる気する……)



 俺がここにいるのもイレギュラーな事態だ。バグった聖剣も威力がおかしい。

 俺という存在が呼び水となって、新しいバグが生じているのではないだろうか?



(もしもそうなら俺が対処しないとな)



 無銘を携え、村長と共に村の中央広場へ向かうと――



「ええい、縄を解け! ワシさまをどなたと心得る! ワシさまは魔王の娘、リリム・メッチャボウクン・シュトロノーム18世だぞ! 一同、頭が高い。控えおろう!」


「…………なんて?」



 魔王の娘と名乗る、イタい女の子が縄で縛られていた。

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