来日
FMK2期生オーディションの話題は、瞬く間に界隈のトレンドとなってネット中を駆け巡った。
飛ぶ鳥を落とす勢いのFMKに興味を持つ者。
前回のオーディションで落とされ、今回こそはと息巻く者。
純粋にVTuberになりたいと願う者。
そして、全く別の思惑があってオーディションを受ける者。
果たして壮絶な椅子取りゲームを勝ち残るのは誰なのか。
それは神さえも知らない。
■
「――あ、もしもしパパ? たった今日本に着いたところ。ええ、勿論問題ないわ」
美しいブロンド髪の少女が、成田空港のロビーを闊歩する。
キャリーケースを引き摺りながら電話をする少女は、確固たる目的を持った迷いない足取りでタクシー乗り場へと直行していた。
「分かったって……もう、パパは本当に心配性なんだから。子供じゃないんだからホテルくらい自分で探せるってば。大丈夫だって。もしもなんて起こらない。知ってるでしょ? はいはい……愛してる。じゃあね」
電話を切り、少女は溜息混じりにスマホをジーンズのポケットにしまった。
子供じゃないと嘯いたが、少女の体躯はどう見てもティーンエイジャーのそれだ。
ところどころが未発達。育ち盛りの伸び盛り。背伸びをしたいお年頃にしか見えない。
だがしかし、あまりにも堂々とした立ち振る舞いと、あどけなさの裏に見え隠れする大人びたオーラが、彼女の年齢を他者に誤認させる役割を果たしていた。
少女がタクシーに近付く。
後部座席のドアが開くが、少女はやはり思い留まってタクシーに乗ることをやめた。
何故か。
「ヘイ、お嬢。迎えにきたぜ」
別の足が現れたからだ。
筋骨隆々。浅黒い肌にスキンヘッドの大男。
絵に描いたような筋肉モリモリのマッチョマン。
そんな男の登場に、少女は破顔して喜びを露わにする。
「フランクリン! 久しぶり! 元気そうで安心した!」
「お嬢も元気そうでなによりだ。荷物をこっちに」
「ええ、お願いするわ」
大男――フランクリンに荷物を渡し、2人は駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。
「行先は?」
「とりあえずホテルに荷物を置いて楽になりたい。このホテルね」
後部座席から身を乗り出してスマホの画面をフランクリンに提示する。
少女の要望に無言で頷いたフランクリンは、荒っぽそうな見た目とは裏腹に、繊細な運転技術で静かに車を発進させた。
「こっちの生活はどう? 慣れた?」
少女がバックミラー越しに話しかけると、フランクリンは「ああ」とぶっきらぼうに返答する。
「特に不自由はない。日本は平和で住みやすいしな。ただ俺としてはこんな任務は早く終わらせて我が家に帰りたいが」
「家族が居るものね」
「ああ……」
そこでフランクリンのトーンが若干下がった。
少女は少しだけ眉根を寄せてから、
「そんなことよりも、フランクリン。例の件はどうなったの?」
「
「例のスーパーAIに邪魔されたりは?」
「まあ大丈夫だろう。警戒はされてるだろうが、どうせ何も出来やしない。俺はただ、スタッフとしての業務を遂行するだけだからな」
「そ、だったら安心ね。
「書類選考だけならな。問題はその後の面談だの面接だろ? そこんとこは大丈夫なのかよ。内部に協力者が居るのに、落ちたりしたら笑い者だぜ?」
フランクリンがプレッシャーを掛けるが、しかし少女は一切揺らがない。
ふてぶてしく足を組み、誰に憚ることなく不遜な態度で腕も組む。
「もしもなんて起こらない。知ってるでしょ? 私を誰だと思ってるの?」
「――合衆国大統領マイケル・F・シルバーチェインの一人娘、キャロライン・M・シルバーチェイン」
「そう、それが私」
キャロラインは、自身の発言ひとつひとつに絶対の自信を含ませながら、フランクリンの言葉を肯定した。
「私がVtuberに興味を持ったタイミングで、私が入りたいと思った事務所がオーディションを開催して、しかもその事務所に潜入してる知人がいる。ここまでのアドバンテージがあれば、もしもは絶対に起こらない、起こさせない。やっぱり世界は私を中心に回っているのね」
「ハハハ、それを誰も否定出来ないのがお嬢の恐ろしいところだ」
フランクリンの世辞を受け、キャロラインは気持ちよさそうに口元を綻ばす。
キャロラインは生まれた時から人にないものを全て持っていた。
富、名声、権力、容姿、頭脳、才能、etc……。
生まれついての勝ち組、本物中の本物。
それがキャロライン・M・シルバーチェインだ。
そんな自分に間違いなど有り得ない。
もしもの未来は存在してはならない。
「世界が歩むべきルートは常にひとつ。待っていなさい、FMK……この私が貴方達に天下を取らせてあげる」
かくして最強のチャレンジャーがエントリーを果たす。
しかしキャロラインは知る由もない。
自分がまだ井の中の蛙だったことを。
世界には想像を絶する化け物が大勢いて、よりにもよってFMKにそんな化け物が大挙して押し寄せてくることも。
その化け物たちの中に、彼女の生涯のライバルとなる人間が混じっていることも。
そもそも、それ以前の問題として――FMK存亡の危機が迫っていることすらも、彼女はまだ何も知らない。
それは全部、次回以降のお話だ。
――To Be Continued.
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